大江戸監察事件簿
□大江戸監察事件簿62
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「いつまでこんな生活なのよ!」
バフッ
人形はとんできたクッションを片手でいなした。
人形が娘の護衛について数日。外出時にはやはりこちらを追う怪しい影の存在を確認し、人形は娘に自宅待機をさせた。
そこからたった2日でこのありさまである。
「ですから、現在外は非常に危険な状態です」
「だったらアンタがなんとかしなさいよ!」
知らず知らずのうちにため息がでた。
娘はその人形を見ると、再び激高して別のクッションを投げつけた。
もう薙ぎ払うのも面倒になってそのまま顔面で受け止める。
「……とにかく、もう夜も遅いですので、そろそろ休まれたらいかがです?」
「アンタがいるからじゃん!」
「わかりました。それでは失礼いたします」
娘の自室を後にして、すぐ近くに準備された自分用の部屋に戻る。
そこにはすでに布団が敷かれており、人形は自分も寝間着用の簡単な着物に着替えると、緩く結わえていた髪をほどいて横になった。
娘の護衛を初めて2週間。
そして同時に屯所を出て2週間がたとうとしている。
久しく会っていない男どもの顔を思い浮かべながら人形は目を閉じた。
下げすぎないようにしていた意識を浮上させれば、隣の部屋の住人が動く気配がする。
時刻は夜中の1時といったところだろうか。
人形は起き上がり、簡単に袴を身に着けると腰に刀をさしてその後を追った。
「あれほど言ったのに…」
娘はこっそりと屋敷を抜け出すと、町中へと向かう。袴で動きにくいが、追跡は人形の得意とする分野だ。
決してつかず離れず、娘のあとを追う。
やがてその姿が見慣れた繁華街のアーケードをくぐろうとしたため、人形は足を速めてその腕をつかんだ。
「そこまでです」
急に腕をつかまれたため、娘は驚くままに振り返る。そしてその人物が知った顔であったことに一瞬安堵したかのような顔を見せ、そしてすぐに怒りへと変えた。
「はなして!」
「ここから先はお嬢様の来るような場所ではありません。お屋敷に帰りますよ」
「だから帰らないって!しつこいな!はーなーせー!」
掴まれていない方の腕で人形の指を離そうともがくが、人形の力に敵うはずもない。
なんだ?ケンカか?
娘が大声で騒いでいるせいか、人が集まってきた。人形はいっそのこと強引に連れ帰ろうとその身体を持ち上げると肩に乗せた。
「なにすんのよ!」
「黙っていないと舌噛みますよ」
「はなせー!」
いっそのこと気絶でもさせるか。
人形が物騒なことを考えた時だった。
「こんだけの人前で堂々と誘拐か?」
「ちょっと署まで来てもらいやしょうか」
懐かしい声に振り返れば、これまた懐かしい制服と、懐かしい顔がこちらを睨み付けていた。
「……人形か?」
向こうもこちらを確認すると、二人分の目が見開かれる。一人は咥えたタバコを地面に落としてすらいる。
しまった。接触は控えろと言われていたのに。
「テメェ今までどこに!」
駆け寄った人物から嗅ぎなれた香りがして、人形は心臓をつかまれたような気分になった。本当ならば今すぐこちらも駆け寄りたい。
「いきなり行方不明になって、どんだけ心配したと思ってやがる!」
本当に心配していたのだろう。自分の存在がどのような扱いになっていたのかはわからないが、目の前の男の表情と気迫から、自分の身を案じていたことがよくわかる。
「…副、」
人形は思わず声をかけようとした。
『すべてを疑え』
頭に中山の声が鳴り響き、人形は男から視線をそらした。
「どうした?人形」
男の声が心配そうな落ち着いたものになる。今はその声はやめてほしい。未練が残る。
「……ッ」
人形は少しだけ頭を前に倒して会釈をすると、そのまま娘を担いで走った。
「ちょっと!いきなり!」
「口を閉じないと噛みますよ」
背後に己を引き止める声が響いていた。
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