大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿34
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「おい人形はまだ来ねェのか!」
「ヤバいぞトシ。そろそろとっつぁんが来る時間だ」


見合い当日。
色々な後ろめたさもあり土方は人形の自室を訪れた。しかしそこに目的の人物の姿はなく、その変わりに整った文字で『現地集合』とだけ書かれた紙を見つけた。
焦って周囲を捜索させたが人形の足取りを追えるはずもなく、土方達はその四文字の言葉を信じ、今日の会場となっている料亭へと先回りした。


「いよぉ〜お前ら護衛ご苦労。人形ちゃんはどこだ〜」


現れた我らが上司、松平片栗虎。
すでに右手に拳銃が装備されているのは気のせいだろうか。


「いやぁ久しぶりだなとっつぁん!人形はまだちょっとなぁトシ!」

パァンッ


速い。打つまでが速い。威嚇射撃も何もあったもんじゃない。


「ん〜?まさか来ないとかそんなことはないだろうなぁ」
「とととととっつぁん、女は何かと時間がかかるって言うじゃねぇか。人形も今めかし込んでんだよ」
「それなら良いがな。もしも万が一にも万が一のことがあった場合は」


「お前ら腹切れィ」


神様仏様人形様。
この際隊服でも忍装束でも何でも本人が来てくれればそれで良い。


「本格的にヤバいぞトシ!人形は本当にやると言ったんだろうな!」
「知るか!元を正せばアンタが余計なこと言ったからこうなっちまったんだろ!」


小声で醜く擦り付け合う。
その後ろで松平が相棒を磨き始めた。

((ししししし死ぬ…っ!!!))


「局長副長オオオオ!!!」


それは天の声か地の声か。今求めている人物の相棒の姿であった。料亭の外で待機させていたはずだったがこちらに来たということは。


「今、駐車場に着きました!こちらにタクシーごと回らせました」
「でかした山崎!」
「うおおおお良かったあああ!」


しかし山崎の顔色は優れない。


「どうした山崎、何か問題でもあったか」


目ざとくその顔色を察した近藤が声をかける。


「心配するな山崎。この際だ。化粧が失敗していようと白装束であろうとお岩さん状態でもかまわねェ」
「いや、あの…失敗というか、ある意味大成功というか……」
「あ?ハッキリしやがれ!」
「いや…俺もまだ理解しきれていないと言いますか………」


それでも尚言い淀む山崎に土方が苛ついて怒鳴った時だった。

料亭の外口の前に一台の黒塗りの車が停まった。
あの車は要人などを乗せる時に利用する高級な籠だ。まさかあれに人形が乗っているとでも言うのだろうか。


ガチャ


髪一本の乱れもなく髷を結った運転手が、同じく洗練された所作でドアをあける。
やがて足が見え、運転手の手に手が重ねられ、籠から人が降りて立ち上がる。


「お待たせ致しました」


出てきた人物の美しさに、その場の全員が言葉を失った。




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