大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿32
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その日。
真選組副長である土方十四郎は直属の上司である近藤勲の自室に呼ばれていた。


「人形に、見合い?」
「ああ。先方がどうしてもとな。とっつぁんに頼み込んだらしい」


土方は自分を落ち着かせるためか、タバコに火をつけると、ため息とともに胸の中のものを吐き出した。


「人形の見合い話ならとっつぁんが断るだろ」
「それがどうもな」
「面倒な相手ってことか」
「ああ」


真剣な表情で腕を組む近藤に土方はなんとなくその裏に隠れるものを感じ取った。
難しい相手ならば角をたてずに会食のみ行い上手に断るのが良いだろう。そして、人形ならその程度のあしらいはできるはずだ。うまいこと仕事の接待のつもりで話せば問題ない。


「ただ断りづらい相手ではあるが、とっつぁんの話によると家柄も人柄も後ろめたいものはないらしい。本当にただの見合いのつもりで考えてくれてかまわないそうだ」
「話はわかった。近藤さん、人形には俺から」
「失礼します」


土方の言葉を遮ってよく通る声が響いた。その声は今まさに話題の中心となっていた人物である。


「来たか人形」
「はい。どのようなご用件でしょう」


襖をあけ、片膝をついた状態で現れた人形。今日は待機なのか、通常の隊服を身にまとっている。
いや、しかし、この展開はマズイ。


「待て近藤さん!俺から」
「人形!ちょっとお見合いを受けてくれないか!」


何の隠しもしない、超ド級のストレート。
いや、どうせ言わなければいけないことだがマズイ。色々と。特にそれを告げた人物と告げられた人物の関係が。


「お前も隊士の一員として良くやっていてくれるがな。そろそろ自分のことも考えたらどうだ。何、とりあえず食事だけして気に入らなければ断ってくれて構わない」


笑顔で人形に告げる近藤だがその内容は残酷一言。


「ちょっと近藤さん黙ってくれェェェェ!!!」
「ぐはっ!!!」


土方が近藤にとびかかり首をホールドする。しばらくもがいた近藤であったが、やがてパタリと脱力した。
土方は恐る恐る人形を見る。


「あー人形」


読めない。表情も、感情も。
近藤の言った自分のことを考えろというのは結婚したらどうだと同じ意味である。慕っている相手からのこの発言。ダメージははかりしれない。
土方は冷や汗がこめかみから顔のラインを伝っていくのを感じた。


「仕事と思ってくれていい。ちょっと相手が面倒だ。適当に波風立てずに終われたらそれでいい。今回は近藤さんのおせっかいが行き過ぎた。俺が後から言っておく」


フォローができたかはわからないが、これでお見合いが『仕事』であることと、『近藤に他意はない』ことは伝わったはずだ。


「嫌です」
「は?」


てっきり仕事と割り切って受けると思っていた土方は意表をつかれた。いつも通りしれっとした表情で断るつもりか。
それだったら局長副長命令ということにするつもりだ。
土方は人形を見据える。


「嫌、です」


土方は息をのんだ。
もう一度拒否を示した人形の表情。困ったように眉を寄せ、唇を真一文字に結び、瞳がきらめいて見えるのは必死に涙を堪えているせいか。


(め、命令しづれェェェェ!!!)


いっそのこと一発二発殴られたほうがましだった。まさに男の庇護欲をそそるような女の表情に、土方はさらに冷や汗を流した。


「お前の気持ちはわかっているつもりだが、ここで突っぱねたら後々面倒なことが組に降りかかる。そうなると立場があやうくなるのは近藤さんだ。頼まれてくれねェか人形!」


自分でも卑怯な技を使っていると自覚している。近藤の名前を出せば人形はその通りにしか動けないのだ。


「私がお見合いを受ければ、それが局長のためになりますか?」
「ああ」
「それが真選組のためになりますか?」
「ああ」


人形は静かに立ち上がる。土方はあえてそれを視線で追わなかった。今はまともに人形の表情を見ることができない。


「色々と準備がいります。しばらくお休みをいただいても?」
「かまわねェ。好きなだけとってくれ」


きっと心に踏ん切りをつけるためだろう。半月後のお見合いに間に合えば、どうってはない。


「失礼します」


来たときと同じような言葉をついて退室する人形だったが、その声は消えるような小さなものだった。




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