大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿(22)
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「人形!」


いつか女達が縋り付いていたように俺が見世格子に縋り付く。
見知ったはずの黒髪の女は、派手な着物をはだけさせ虚ろな目で部屋の奥に座っていた。

あれは誰だ…。


「人形」


ふせられていた瞼が静かに上げられる。
そして俺を見たように思えた。けれどその視線はどこかさ迷っているようにも思える。

本当に、見えていないのか人形。

俺は心臓を捩られたかのような胸の痛みを感じる。


ズ… ズ… ズ…


重そうな着物を引きずりはうように近づく。胸元もうなじも開けられにおいたつような色香が雄を刺激する。

こいつは誰だ?
本当に俺の知っている人形なのか?


「土方様…」


格子越しに指が絡む。
だが、視線は未だに絡まない。


「何で…」
「土方様、わっちの目は暗うなりんす」


このような体でんは、どこも…。

自虐気味に笑う人形は美しい。
けれども俺は人形を見つめたまま動けない。


「第一、先におっしゃったのは土方様でしょう」


違う。
こんな風になるなんて思ってもいなかった。


「去りなんし。これ以上惨めな姿を見せとうありんせん」


たとえ瞳が何も写さないとしてもその奥の強さは人形だった。

俺は動けない。


「あの女郎みたことないが、中々…」


後ろから聞こえてきた声に弾かれるように、俺は店の主人に声をかけた。









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