大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿(11)
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夕方すぎ、鍛治屋に出掛けてきたという人形が帰ってきた。

朝とは違う小紋を着て。

薄い桃色に白い桜の花があしらってある可愛らしい、それでいて上品な小紋だ。
一目で一級品の品であることが伺える。
人形の艶やかな髪が一層際立ち、さらに頬には薄く頬紅をはたき、唇はいつもより一層瑞々しく潤っている。
夕食をとっていた隊士達は騒然となった。

俺もしばらく口からこぼれ落ちたタバコに気がつかなかった。

一体人形に何があったんだ!?


「こんなむさ苦しい所にとんでもない美人が居ると思ったら人形でしたかィ。どこぞの天女が羽衣無くして下界におちちまったかと思いやしたぜィ」
「やめてください沖田隊長」


総悟ぉぉぉお!?
お前十八だろーが!まだ十八だろーが!!!
どこでそんな言葉覚えた!


「あれ人形ー?どうしたのその小紋」
「あ、山崎。今日神楽ちゃんと会って万事屋に行って、下の階のお登勢さんて人から貰ったんだ。何でも若い頃着てた中で一番のお気に入りだったんだって。箪笥に入れてても着ないし虫が食うからって」
「へぇ〜、いいじゃん。凄く似合ってる」
「本当?私髪の毛が真っ黒だから合うか心配だったんだけど」
「全然問題なし。化粧も?」
「うん、お登勢さんに怒られて。普段潜入用に印象を薄くする化粧しかしないから、変じゃない?」
「すっごく可愛い」
「…あ、ありがとう」


なんか、俺イライラしてないか?
無駄に人形を褒める総悟にも、山崎にも、あとはにかむ人形にも。


「でもどうしてまた?いつも俺が言っても絶対に着ないじゃん」
「あ、うん……実はちょっと頑張って局長にアピールしようと思って…」
「恋する乙女のなせる技でさァ」
「こ、恋!?や、やめてください沖田隊長!」


イライライライラ。
これでも俺は吉原であまたの女を泣かせて来たんだ。
その俺がたかが人形ごときに出遅れてるだと?
ないないないない。

心臓に毛が生えてるっつって噂の人形だが、この俺がちょっと甘い言葉でも囁けば泣いて喜ぶはず…


「おい人形」
「副長」


山崎が一瞬なんとも言えない顔をし、総悟が顔をしかめ、人形が珍しく笑顔で振り返った。

腕に力をこめて


「お前小紋の」
ビチャッ!!!


気がつけば目の前の人形の顔は見慣れたもので覆われ、同じ見慣れたものが俺の力をこめた右腕から滴り落ちていた。


マ、マヨ握り潰しちゃった。


重量にしたがってやがて人形の顔があらわになっていく。
そこに化粧をほどこした跡は微塵も残っていない。
食堂の気温が一気に下がった。

俺は降り注ぐであろうクナイに備え臨戦体制に入る。


「…着替えてきます」
「あ?」


一言呟いて人形は食堂をあとにした。


「あーあ、土方さん人形泣かせちまいましたねィ」
「ち、違っ」


そういう意味で泣かせたいんじゃねぇ!


「副長、今回のははっきり言って最低ですよ」


違う!
そんなつもりじゃねぇんだよ!!!

言い訳も虚しく、俺は食堂中から非難をうけて自室に逃げこむようにすべりこんだ。

なんで…去り際のあいつの顔が忘れられねぇんだよ……っ!










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