大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿70
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マスコミの対応、現場の後始末、警視庁への報告。もろもろの用事を済ませて近藤たちが解放されたのは夜も更けた後だった。

このまま屯所にもどることもできる。

しかし、近藤たちにはもう一つやらなければならないことがあった。それはかの者を送った後に黒い忍から聞かされたもう一つの掟。


「志村邸へ向かってくれ」


パトカーの運転をする隊士に声をかける。体は濡れ、ひどく疲れていたが、眠ることもできない。

ようやく、あれから一日がたとうとしている。






パトカーは、近藤がよく通った恒道館へと止まった。そのまま門の外で待機するように命じる。

パトカーを降りれば立派な門が出迎えた。普段はここをくぐることはないが、今日ばかりはそこに備え付けられたインターホンを押す。

しばらくして良く通る声が聞こえた。


『はーい、志村です』
「新八君…近藤だ」
『あれ?近藤さんがインターホン使うなんて珍しいですね』

「すまないが、伝えたいことがある」
『え?僕ですか?姉上ですか?』
「…二人に、聞いてもらいたい」
『…わかりました。今姉上呼びますので、どうぞ中に入っていください』


近藤の声色で何かを察したらしい。思ったよりもスムーズに中に入れてもらうことができた。

近藤が中に進めば、玄関の明かりがつき、二つの影が見える。


ガラガラ


「うわ!近藤さん傘もささずにどうしたんですか!」


玄関には足を踏み入れず、その一歩外でたたずむ。
その様子にさすがのお妙も何か感じたのか、手にしていた薙刀を置いて、玄関先に出て来た。


「そんなにずぶ濡れになって、風邪をひいてしまうわ。どうぞ入って」
「いえ、お妙さん。どうかこのままで」


お妙が傘を手に出てこようとしたのを手で制した。


「一体、どうしたんですか?」
「そういえば真選組のことニュースでやっていたわね。大手柄だって」


近藤の顔が険しくゆがんだ。


「近藤さん?」


新八が怪訝そうに尋ねる。お妙も心配そうな顔を見せている。
近藤は一度息を吐き、気持ちを落ちつけると、顔を上げて姿勢を正し、右手を額に添えた。
それは敬礼であった。


「ちょ、どうしたんですか近藤さんいきなり!」
「改まれるのも何か気味が悪いわ」


近藤は意を決してはっきりと告げた。




「昨夜未明、真選組監察市松人形が殉職いたしました」



告げられた言葉の衝撃に、二人は固まった。
先に動いたのは新八だった。眼鏡をわざとらしくかけ直す。


「い、いやだなー近藤さん。いくら姉上の気を引こうとしても、笑えない冗談はやめてくださいよー」


近藤は答えない。
お妙の体が、震える。


「本当、なのね?」
「はい」

「どうして?」


なぜ、死んだのか。
そう問いかけるお妙に近藤は言葉につまった。


「お妙さん。あなたのような年頃の娘さんに伝えられるようなことではない」


それを聞いてお妙は察したようだった。


「そう、そんなに、ひどかったのね…」


お妙の悲痛な声色に、近藤も胸を締め付けられた。
あの部下と、この目の前で声を震わす女性はとても仲が良かったと記憶している。
だからこそ、酷であろうともやらなければならないことがある。


「今日は、遺品の回収に参りました。何か、あの子が残したものはありませんか?」


お妙は首を振った。


「何も、ないわ。あの子不自然なくらい何も残さなかったもの。すまいるで貸した着物も、アクセサリーも、すべて買い取っていたわ」

「近藤さん、あの子女の子だったのよ」
「姉上」


新八が声が荒びるお妙を窘める。


「あなたに恋する女の子だったのよ!」
「姉上!」

パシィッ

お妙の平手が、近藤の頬を打った。
お妙も、新八も、近藤とおなじように冬の雨に打たれる。


「帰って」


近藤は自分を睨み付けるお妙と、そんなお妙と自分を交互に見つめる新八を見やると、頭を下げた。


「失礼いたします」


雨は容赦なく降り注ぐ。







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