大江戸監察事件簿
□大江戸監察事件簿70
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扉を開ければコの字型に置かれたテーブルの正面に男が座っている。
きっちりと結われた髷、丁寧に着こまれた袴羽織、口元を隠す扇子。
そんな雅びた格好に不釣り合いな医療用のワイヤーテープが鼻にまかれているが。
近藤は進み入った。
「大目付長官、中山曲守。御用改めである」
ぱしっ
中山の扇子が開いた。
「困るのう、近藤よ。なぜ我が縄につかねばならぬ。庁舎に武装して攻め入り、まさかそなたら無事でいられるとは思うておるまい?」
「心当たりがないと?」
「さて我にはさっぱり」
そしてその顔がいやらしくゆがむ。
「そなたの所の監察がいなくなったのは残念じゃ。優秀な護衛だったのにのう」
その言葉を聞いた瞬間、近藤の怒気が部屋中に膨らみ、溢れかえった。
土方や沖田ですら一瞬うろたえるほどの怒気だ。
近藤の刀に手がかかる。
尚も中山は笑った。
「中々に頑丈な監察であったな。全身を殴打されようが、切り刻まれようが、男どもに回されようが、顔を焼かれようが、死なんかった。まあそなたらの知ることではないが」
「証拠があるまい、近藤よ。我が此度の事件に関わっている証拠が」
近藤の刀がゆっくりと抜かれた。
「知っている。すべて」
「ど、どういうことだ!?」
中山の目が見開かれた。
「中山よ、お前はうちの監察を甘く見すぎた」
「あの者は特殊な里の出の忍。お前たちの所業はすべて屯所につながっていた」
「どういうことだ!申せ!」
その時のことを思い出したのか、近藤の顔が一瞬ゆがんだ。
「お前達が痛めつけたお蔭で流れた血と、屯所に残されたあの者の血がつながっていた」
「うちの監察は優秀でね」
「あの者の相棒と呼ぶべき者が、そこから音を拾う術を知っていた」
「中山よ、貴様らのやったことは、同時刻に我々に音として届けられていたのだ」
『なぜそなたがいるのだ市松…?』
突如として聞こえた自分自身の声に周りを慌てて見回せば、黒髪の一般的な隊服を着た男がいつの間にか部屋の隅にいた。
声のもとはその男が手に持つボイスレコーダーからであった。
『中山、長官…』
『なぜそなたが?』
中山の扇子が皮膚を叩く音が流れる。
『誰かこの状況を説明しよ!なぜここに我の娘ではなく、真選組の監察がいるのだ!』
『そんな、こいつが娘では』
『そなたは我が先ほど言ったことが聞こえなかったのか?』
『大方、こやつが娘を護衛をしていたのを間違えて連れ去ってきたのであろうな』
『まあよい』
『聞こえておるか?市松よ』
『市松よ、まだその耳が生きているのならよく聞くがよい』
『勘の良いそなたならもうわかったであろう』
「止めよ!それを消せ!」
中山が立ち上がり、黒髪の男、山崎へ跳びかかろうとする。
それを近藤の刀が間に入り、中山は否応にも足を止めさせられた。
『灰かぶりを流しておったのは我だ』
「中山よ、貴様の悪行もここまでだ」
「正義の前に散れ」
近藤の刀が振り上げられる。
ザンッ
目の前に、中山の髷だった髪が散らばった。中山は知らず知らずのうちに自分の首がつながっていることを確認していた。
「貴様を処すのは俺の仕事ではない」
近藤の刀が鞘へと納められる。
踵を返して扉へと歩く。
「重要参考人を確保しろ」
後から駆け付けた隊士達が中山を取り押さえた。
日はとうに登り切っていたが、いつの間にかどす黒い雲がその光を遮っていた。
近藤たちが建物を出てマスコミに取り囲まれるころには、ぽつりぽつりと、大粒の雨が降り始めていた。
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