大江戸監察事件簿
□大江戸監察事件簿38
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「局長こちらです」
「どうしたんだ山崎。そんな急いで」
俺はすぐに局長室へ行き、連れ出した。局長はその人柄ゆえか、何の疑問も抱かずに俺の後に続く。
「何してやがんでィ、ザキ」
げえェェェ!?今一番会いたくない人に出会っちゃったよ!なんでこんなに運悪いの俺ェェェ!?
「総悟!なんか急用でな、トシに呼ばれてるんだ」
「なら俺も一発ぶちかましにご一緒させてくだせェ」
「いやいやいやいやダメですって沖田隊長!マジで急用というか、かなりヤバイ案件なんで!」
「だったら総悟もいた方が話は早いぞ?」
「そうでィ」
ああああああもうわからずや!俺が何を言っても沖田隊長が引くことはないだろう。もうここで間誤付いている時間が惜しい。とりあえず副長室まで行って、沖田隊長は副長に追い払ってもらおう。
「副長!連れてきました!あとスミマセン!」
「何かあったのかトシ!」
「呼びつけちまってすまねェ近藤さん」
「討ち入りなら大歓迎でさァ」
「何でお前がいるんだ総悟ォ!」
局長の後に入室した沖田隊長の姿を見て副長が俺をにらみつける。だから、スミマセンってば!
副長は諦めたかのように息をつくと、咥えていたタバコを灰皿へと落とした。
「まあいい。ちょうどテメェも呼ぼうか迷っていたところだ。とりあえず座ってくれ」
俺は座布団を1つ追加し、局長と沖田隊長が副長と向かい合って座るのを見ると副長のそばに控えた。
「今から話すことは他言無用だ。知っているのは俺と山崎、あと監察方の人形の班の4人だけだ」
副長が俺に視線をやり、俺は肯定の意をしめすために軽くうなずいて見せた。
物々しい空気に、さすがに局長も沖田隊長も黙って聞いている。
「恐らくだが、人形が妊娠している」
口をあんぐりと開けた局長。沖田隊長ですら目を見開いている。そうだよね、そうなるよね。俺ですらいまだに信じられないもん。
「ち、父親は誰なんだ」
さすが年長者というべきか、局長がうろたえながらも聞く。
そう!それ!
ずっと疑問だったんだけど、なんとなく聞けないまま来てしまった。おそらく副長もそれを含めて監察方のやつに聞いたんだけど答えははぐらかされた。
「わからねェ。まだ深い話はできていない」
「そうか…」
「近藤さん。一応確認しておくが、近藤さんじゃねェよな?」
「え!?オレ!?なんでェェェ!?」
「何でって一応、なあ山崎」
「まあ念のため確認ってことで」
「山崎まで疑うの!?オレはお妙さんとのいずれのためにとってあるのよ!?」
「それは一生来ることはねェが、とりあえず近藤さんはシロと」
「いや、人形なら寝ている間に局長の種とるぐらいはしそうですけどね」
ヒドイィィィ!と臥せて泣く局長を見て、とりあえずのところは安心した。なんか安心した。
「すいやせん土方さん」
突如としてかかった沖田隊長の声。俺たちは右手を挙手のように軽く挙げた沖田隊長を見やる。
「腹のガキの父親は、俺でさァ」
え。え。
「「エエエェェェェエエ!!!」」
「いや嘘だろ?総悟。ヘタな冗談はよせ」
口に手を当てて考え込む沖田隊長の表情は真剣そのものだ。
「え、嘘だよね総悟くん。冗談だよね!?」
「え!え!?総悟いつの間に人形ちゃんとそんな関係になってたの!?」
副長と局長が沖田隊長の隊服をつかみ前後にゆする。え、本当に?
「だったらいいなーってことを口にしただけでさァ」
しれっと言い直す沖田隊長に殺意がわいた。
「むしろ俺が聞きてェ。誰ですかィ父親は。直々にぶった切ってやらァ」
畳に下した刀を左手でつかみ上げる沖田隊長は、先ほどと変わって真剣に怒っている様子だ。
「安心しろ総悟。筋通さねェクソ野郎だった場合は適当に理由つけてしょっぴいて豚箱に入れてやる」
「いまだに人形が何も言わないことを考えると、何か事情があるやもしれんな」
人形が何も言えない事情。それはずっと考えないようにしていたことだった。相手がマズイのか、それともまだ望んでいないのか。
それとも、行為ですら望まぬものだったのか。
考えないようにしていた考えに達してしまい、俺はうつむいた。仕事柄、ありえないことではない。
俺が沈む中局長は続ける。
「とりあえず、色々な選択肢のことを考えると、わからないことはできる限り早めにハッキリさせた方が良い。人形には辛いことになるかも知れないが」
その言葉に含まれた意味を察してまた気持ちが沈む。
「近藤さん」
それは沖田隊長だった。
「もし、父親が現れなかったら…それでも、人形が生むことを望んだら」
沖田隊長はもう一度刀を握りしめた。
「俺が、父親にならァ」
沖田隊長は本気だった。なんでそんなにも恰好良いんだよ!チクショー!
「俺だって!俺だって長年人形の相棒なんだから!それくらいの覚悟はあります!」
何か、泣けてきた。
今までの人形との思い出とか、苦しんでる姿とか、どんだけ一人で悩んだんだろうとか、次から次へと思いがあふれて、涙が込み上げてきて、俺は半べそになって敬礼をする。
「そうだな」
局長の温かい声が響く。
「そうなったら、みんなで育てよう。真選組が、お腹の子どもの父親だ」
良い子になるぞー!なんて局長の言葉がぐちゃぐちゃになった心に沁みて、俺は握りこぶしに涙を垂らすこととなった。
「ったく、先走った話してんじゃねェ。とりあえず確認が先だろ」
副長も呆れたように言うが、その言葉には副長らしい優しさが含まれていて、それすらが響く。
その後、人形には夜に話を聞くこととなったが、それが実行されることはなかった。
狙っていた攘夷浪士に動きがあり、急遽討ち入りが決行されたのである。
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