大江戸監察事件簿

□大江戸監察事件簿42
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どうもー万事屋銀ちゃんでーす。大工の親父から始まった例の騒動。その後は特に目立ったことは無いが、知らない間にじわりじわりと浸食されているような気がしてならねぇ。何となく俺はここ吉原に来ていた。


「またお前は妙なことに首を突っ込んでおるな」


廓の2階から吉原の街中を眺める。日の出とともに眠りにつくこの世界では、真っ昼間だと言うのに人通りは少ない。


「関わりがあるかはわからんが、先日うだつの上がりんせん間夫が問題をおこしんした」
「間夫?」


隣で紫煙をふかす月詠は吉原のそれこそ裏の裏まで知り尽くしている女だ。別に警察の真似事をするつもりはないが、身内まで手を伸ばされ、無遠慮に縄張りを荒らされたような腹立たしさがある。


「心中未遂じゃ」


心中はご法度だ。幕府も厳しく取り締まり、心中を出そうものなら廓ごと処罰の対象になる。


「自分の思いもまともに伝えられん小心者の男じゃ」
「そいつが心中未遂か。確かに妙だな。それでそいつはどうなった。サツか?」
「野暮なことは聞きなんし。そのようこちらが共倒れになるようなことはごめんじゃ」
「折檻中か」


月詠はうなずいた。




月詠に案内された吉原の地下牢。薄暗く何とも言えない空気が漂うそこは、今が昼と忘れるような気味の悪さがあった。
心中未遂を起こしたという男は天井から下げられた麻布に縛られ、足がつくかつかないかの位置で吊るされている。服はところどころ破れ、体のあちらこちらに打撲やひっかき傷のようなものがあり、すでに相当な折檻を受けたのだとわかった。


「答えなんし。ぬしはなぜ心中未遂など起こしんした」


月詠の質問に男は床を見つめたまま唇を動かす。聞き取れるほどの大きさではないそれに、俺と月詠は一歩男に近づいた。


「俺に気があったんだ…なのにアイツは俺を…死ぬのは当然だ…俺はできるんだ…」


意味をなすかなさないかわからない言葉に俺と月詠は顔を見合わせて首をかしげた。
月詠から聞いていたのはうだつの上がらない気弱な男だったはずだ。しかし体つきは貧相だが、地面を見つめていまだに何かつぶやいている男の目はギラつき、どちらかと言うと何を起こしてもおかしくはない空気を醸し出している。


「…おいちょっと待て」


男の胸元に下がる紐。それは腹の部分、襟の重なった部分につながっている。


「銀時!」


月詠に止められるのもきかず、俺はその紐に手をのばした。
ずるり、と着物から引き出されたのは紫色のそれ。数日前に見たあの何も印字されていないお守りだった。


「触るな゛ぁ…!!!」


今まで地面を見つめていた男が豹変する。まるで獣のように喉を鳴らしてお守りを引き摺りだそうとする俺の手を噛もうとした。


「何をする貴様!」
「大人しくしろ!」


すぐさま折檻役の男たちが手にしていた竹鞭で男をしばく。それでも男はただ俺を、正確には俺がもつこのお守りを見ていた。

竹の鳴る音と餓えた獣の叫びにも似た声が地上へともどる俺の頭にこべりついた。





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