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□桜の証人
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「でっけぇ桜!この下で少し休もうぜ、長次!」
風の子のように走ってきた七松小平太は、
桜の幹から張り出した太い根の上に飛び乗ると、片ひざを立てて座った。
「満開だな。樹齢三百年ってとこかな…」
パートナーの中在家長次も、ようやく追い付いた…、と
ばかりに、桜の幹に手をかけ、息を整える。
二人は、天からしだれる薄桃色の桜の大木を見上げた。
「桜って、随分長生きなんだな!」
小平太は、ちらりちらりと雪のように降ってくる桜の花びらを捕まえながら言った。
「これはシダレザクラだから、あと百年は花を咲かせるだろう。」
「百年か。 百年後じゃ、私も長次もこの世にいないな!」
「まぁ、そうだな。」
「なあ。 長次!キスしてくれ!」
「…。なぜ、そうなる…?」
長次は、目をぱちくりして小平太を見る。
「桜からしてみれば、私たちなんか、虫けらみたいに短い命なんだなぁって。」
「…。 お前が、人の命の短さを憂うとはな…」
長次は、小平太の肩を掴んでそっと引き寄せると短いキスをした。
「ぁ…ん。 長次…、もっと長いやつだ。 もっと。 もっと、してくれ!」
小平太は、長次の腰に手を回すと自分の方に引き寄せた。
- - - -
そうだよ、長次。
私は憂いているさ。
あんたと一緒にいられる時間なんて、
桜の樹にとっちゃあ、
花びら一枚が地面に落ちるくらい、そんなにも短いモンだろ。
桜はずるいな、百年後だって今と変わらず花を咲かせる。
桜よ。
私たちがここに生きたこと、
私たちが愛し合ったこと、
ずっと覚えていてくれるか…?
- - - -
「長次…。好きだ」
小平太は、体を離して言った。
「わたしもだ。小平太。 百年先だって、ずっと。」
つむじ風が桜の花びらを巻き上げた。
刹那の恋が、百年先も在るように…。
*** おわり ***
(→あとがき)