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□欲情
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目的の街にはすぐについた。
文次郎は街の、所謂、歓楽街の雑踏を歩く。
日没して暫く経つというのにこの辺りは人通りも多い。
居酒屋が軒を連ね、店先まで机を並べ、赤提灯の下で男達が酒を飲みながらワイワイと騒いでいる。

文次郎が歓楽街を進むと、大人びた店が増えてくる。

「ねぇ?お兄さん、ちょっと遊んでいかないかい?」
客引きの娘たちが文次郎に声をかける。この辺りは遊郭である。

文次郎は娘達の勧誘をやんわりと断りながら進むと、ある一軒の店の前で歩みを止めた。
そこは、小さいがそこそこ評判の遊女屋だ。

遊女屋…それは、説明するまでもないが、男達が娘を「買う」場所である。
忍たまとて、上級生にもなればそう言う経験も必要になる。

文次郎もその例外ではなく、五年生の時に先輩に半ば強引に連れられて、ここで大人になった。
それからは、情報収集も兼ねて、気が向いた時に店に通うようになった。
そして今晩も「そういう」気分なのだ。

「潮江クン、待ってたわ。」
文次郎が店の暖簾をくぐると奥から綺麗な娘が出てきて彼を迎えた。
文次郎の馴染みの女である。
赤い小袖を着た娘は文次郎の羽織を受け取って自分の腕にかけ、にこりとほほ笑むと文次郎を奥の間に通した。


「潮江クンあんまり来ないもンだから、好きな人でもできたかと思ってたわ。」
二人が座敷に入ると娘は文次郎に用意した酒をつぎ、相変わらず笑顔を見せる。
小づくりな顔だが凛として美しい。

「アケミ、お前もどうだ」
文次郎はそう言って娘にも酒を注いだ。

文次郎がアケミと呼んだこの娘は、文次郎よりもいくつか年上だ。
彼女は小さい頃、戦で両親を亡くし、やむ無く遊女になったそうだ。
「体でも売らないと、女は食べていかれないからねェ。」
全く嫌な時代になった…と、朱美が前にそう言っていた。
各地に戦が広がり、朱美のように身を売らねば生きていけない娘も増えたそうだ。

「潮江クン知っている? 今の領主様がどうもご病気になったらしくッて、戦場でもすっかり旗色悪いのよ。
 この街が売っ払われるのも時間の問題かしらねぇ。」
「…。」
「この店が無くなったらアタシなんて何所にも行くところがないわ…」
文次郎は朱美の世間話を暫く黙って聞いていたが、朱美は少し酒に酔ったのか、文次郎の腕にしなだれてきた。

朱美の長く美しい黒髪がサラサラと文次郎の腕に流れ落ちる。

そして黒髪の間に覗く朱美の白い首筋は、なぜか文次郎に仙蔵を思いおこさせた。

文次郎は有ろうことか、一瞬、仙蔵が自分の腕にしなだれて甘える姿を想像する。

(なんて馬鹿なことを考えているんだろう。)
文次郎は頭を左右に二三度振ると、もう一度朱美の顔を見て、そして彼女の髪を撫でた。







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