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□欲情
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夕闇が迫る忍たま長屋で、長身の男が私服に着替えている。

「仙蔵、俺は外出する。明日の朝には戻るから。」
潮江文次郎は衝立の奥に座る同室者に告げた。

立花仙蔵は本を読む手を休めて顔をあげる。
「こんな時間から? どこに行くんだ?」
揺れる蝋燭の灯りに写しだされた仙蔵の顔は僅に歪む。
「ちょっと街までな。」
文次郎は手短にそう言うと荷物を肩から斜めにかけて部屋を後にした。

「…。 そうか。気をつけて。」
仙蔵は文次郎が去った戸口の辺りを見つめるとそう呟いた。


* * *


忍術学園を後にした文次郎は、月に照らし出された道を足早に進む。
長屋を出る時に見た仙蔵の淋しそうな表情を思い出して、胸が苦しくなる。
きっと、仙蔵は自分が街に何をしに行くか気づいているのだろう。
「仙蔵…すまん」
文次郎は心の中で呟くと、仙蔵の思いを振り切るかのようには駆け出した。


* * *


パサ…
仙蔵は開いていた本を閉じて机に突っ伏した。
空気の振動で蝋燭の灯が揺れる。

「文次郎…。」

仙蔵は名残惜しそうに文次郎が出ていった方を見やると、彼が脱いだ制服がそのまま床に落ちていることに気がつく。
「まったく、世話のやける。」
仙蔵は制服を畳んでやろうと席を立った。

ああ見えて、文次郎はずぼらなところがある。
勘定にかけては、細かいくせに…。
低学年の頃は、部屋を片付けろ、と、先生によく怒られていたのが懐かしい。
あの頃は、体格だって自分とあまり変わらなかったのに…。

仙蔵は自分のものよりひとまわり大きな制服を持ち上げると、ぎゅう…と抱き締めた。

まだ温かい。
…気がする。

文次郎のにおいがする。
…気がする。

「今夜は帰らない。か…」
仙蔵はそう言うと、文次郎の服を丁寧に畳んでつづらの中にしまった。




* * *







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