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□鎮魂花
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ザザァ…

鈍色の海水が浜に打ち寄せては引いていく。
雲も風も人の気配もなく、視界に入ってくる山も港も まるで風景画のようだ。
だが、その静止画の中で波だけが砂浜を行ったり来たりしている。
実に単調で無味な景色だ。

だが、懐かしい潮の香りがする。

潮江文次郎が砂浜を独り歩いていると、その視界の彼方にポツンと人が立っているのが見えた。
その人もまるで風景画の一部のようだ。
近づくと、同級生の善法寺伊作だった。

伊作は何かを呟きながら、手にした野菊の束から一本ずつ花を海に投げ入れていた。

「伊作?こんなところで何をしている・・・・・・?」
「・・・・・・。」
「知ってる文次郎?この海には沢山の人が眠ってる。僕には助けることができなかったけど。」
「伊作。そのことをお前が気負うことはないだろう。」

「・・・・・・どうか安らかに。」

伊作はそう言って野菊を海に投げた。
ザザァ…
潮騒がこたえる。

「伊作は優しいな。」
「文次郎も。だろ?」
ずっと海の彼方を見つめていた伊作が、初めて文次郎と視線を交わした。

「ああ。ここは俺の遠い故郷だから。」
そう言って文次郎も手にしていた酒壺の蓋をあけ、中身を海に注いだ。
「みんな、おやすみ。」
文次郎は浜にひざまずいて手を合わせた。

「伊作、過去を嘆くのはこれで終わりだ。」
「うん。僕たちに出来ることをしよう。」
「そうだな。急ごう!」

文次郎と伊作は朝日を背に駆け出した。






*** おわり ***







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