ブック

□都会の光の中で
1ページ/3ページ


僕は大学構内のいちょう並木を銀杏を踏まないように注意しながらゆっくりと歩いていた。
今から丁度一週間前、八左ヱ門からメールが届いたんだ。
『兵助、寒いけど元気?風邪とかひいてないか?』
そのメールの書き出しがさり気なく僕を気遣う感じでちょっとだけ嬉しかった。

メールの要件はこんな感じだ。
単科大学で獣医学部生をしている八左ヱ門が、僕が通っている大学の講堂で学会発表をやるらしい。
それで、近くに行くから夜飲みに行こう、という話しだ。
僕は八方美人に振る舞うことが、昔から得意ではなくて、それは今でも変わりなかったから、
大学で自分をこんな風に飲みに誘い出してくれる友達はいなかった。
八左ヱ門は気を許せる数少ない相手だ。
会いたいと思った。

そして、今、待ち合わせの大学正門前でオレンジ色に夕暮れた空を見上げている。
時間より少し早く着いてしまったようだ。
そして八左ヱ門のことを考えていた。

数分ほどそうしていると、遠くから大慌てで走ってくる男の姿が見えた。

「へーすけーっ!すまーん!」

随分遠くからそう叫んだ男は、羽織っただけの黒いハーフコートを翻して僕めがけて一直線に走ってきた。
そして、目の前で急ブレーキをかけると、あがった息のまま、遅れてごめん、と謝った。
これが八左ヱ門だ。
彼はコートの中にスーツを着ていた。
八左ヱ門がネクタイを絞めている姿なんて僕は正直初めて見た。
けれど、待ち合わせに少しだけ遅れたことを何度も謝るところが、社会人みたいな格好をしていたって、
結局いつもの八左ヱ門と何も変わらなくて、ふと、そんなところが彼らしくて好きなんだなぁ、と、思ってしまう。

「いいって、全然待ってないから」

僕が何回かそう言ったところで、彼はやっと少し納得したような顔をした。

「それより、僕と飲みに行って大丈夫だったの?学会発表の打ち上げあったんじゃない?」
そのことが少し引っ掛かっていたので聞いてみた。

「いや、学会は今日と明日の2日間で、明日は教授達と行くことになってるんだ」
八左ヱ門は、ごめん、気にしてくれた?と付け加えると眉を寄せて微笑んだ。

大学前の通りを南に向かって歩きながら、どこに行こうか、という話になり、僕が、歩いて十分程で行ける『ラクーア』を提案した。
大学は本郷にあって上野の飲食店街も徒歩圏内だったけれど、サラリーマンが多そうだったから、そのせんはやめた。

ラクーアは、後楽園に隣接する商業施設で、ゼミの飲み会で何回か行ったことがあったから、お店も何軒か知っていた。







次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ