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□最後の言い訳
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立花仙蔵は、い組の部屋の前の縁側に座って脚をだらんと校庭の方に下ろしていた。
仙蔵の視線の少し先には、一本の松の木がある。
その根元にはまだ雪が数寸ほど残っていた。
今年の春は遅い。
去年の同じ頃には、暖かな風が吹いて、桜の蕾もほんのり色付きはじめていたんだから。

仙蔵は思いを巡らせながら、六年間駆けてきた校庭をぼんやりと眺めた。

今から遡ること十日ほど前に卒業式が行われ、ここ一週間で六年長屋はバタバタと、そしてすっかり静かになった。
今に至っては自分と文次郎を残して、六年生はいない。


最初に学園を起ったのは、長次と小平太だった。
就職先の城がそれぞれ忍術学園から遠方だったからだ。
二人は、城まで歩いて十日かそれ以上かかると言っていた。
今頃、小平太は北に、長次は南に向かっているはずである。

次に、留三郎と伊作が学園をあとにした。
伊作は、新野先生の薦めもあって、京都の医者の所に勤めることが決まっていた。
留三郎の就職先は学園から遠くはなかったが、かねてから親交があった伊作の実家に二人で挨拶してから向かうなどと言っていた。


(まるで嫁ぐ娘を見送る父親の気分だな……)


親友の門出を見送ってきた仙蔵はそんなことを思いながら、小さく息を吐いた。

結局自分はというと、城勤めが決まった。

就職先の城は、忍術学園や学園と懇意にしている城とは中立関係を保っている強国の城だ。
先方の都合もあって、忍術学園を起つのは明日を予定している。

そして、今晩は自分より一足先に出立する文次郎を見送ることになる。

庭の松の影が夕日に照らされて長く伸びている。
長屋からこの景色を望むのも今日限りだ……。


「仙蔵はもう片付いたのか!?」

背後で、部屋の襖が勢いよく開かれた。

「片付いたから、こうしてるんじゃないか」
仙蔵は上半身だけ振り返ると続けた。

「文次郎こそ。 足の踏み場は少しでもできたのか? ……ふっ」
「何が可笑しい?」

こんないつものやり取りも、これで最後かと思うと無性に可笑しかった。

「いや、別に? 文次郎、手伝ってやろうか?」

「最後の最後でおまえに借りを作りたくねぇよ!」

決して他意はなかっただろうが、そう言って笑った文次郎に、
「それは、借りを返せないからか?」とは、云えなかった。








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