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□蝉時雨の夜
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ある夏の夜。
小平太は図書室の一番窓側の席に座っていた。
夕飯後、課題を片づけるつもりで来ていたのだが、筆の方はいっこうに進まない。
小平太はそれを、耐え難い蒸し暑さと、外の林で蝉がうるさく鳴いているせいにしていた。

小平太は頬杖をついて、しとみ戸の方を見やる。
開けられた戸板の端からは、ぴたん、ぴたんと水滴が落ちていた。
夕方、ひどい雷雨があったからだ。
雨は日没してからも降り続け、少し前にようやく止んだ。

小平太は雨垂れたしとみ戸の奥の雑木林に目を向けたが、そこは暗くて何も見えない。
ただ深い闇の中で、姿を見せぬ蝉の声だけがうわんうわんと五月蝿い。

(蝉って、夜も鳴くんだっけ?)

ふと、そんなことを思う。
ヒグラシだって、日が落ちれば静かになるのに、なんだって油蝉が、こんな夜に鳴く……?

小平太は燭台の灯りに視線を戻した。

『何故油蝉が夜に鳴くか』
小平太は疑問に思った。そして、深読みしたくなった。
もっと深読みをしろ。と、昔の自分に言ったのは、長次だった。



あれはまだ、低学年の頃―――――

山の獣道で、輪縄にかかってしまった時だ。
不様にも高い所に逆吊りになり、自力で降りられなくなっていた。
暫くすると、戻らない自分に気付いた長次が探しに来てくれたのだ。









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