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□愚者の弔い
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「仙蔵の具合が悪いんだ、診てやってくれないか?」

文次郎は仙蔵を負ぶったまま言った。
仙蔵は寝ているのか起きているのかは定かでなかったが、文次郎の背中でぐったりとしていた。

「仙蔵の具合が悪いって? ……それは君がしたんでしょう?」

伊作は薬研を転がす手を止めて、その口元に僅かに笑みを浮かべた。

「俺がやった……? どういうことだ?」
「狂ったように君を求める仙蔵は官能的だったんじゃない……?」

思いがけない伊作の発言に閉口して額に汗を滲ませた文次郎を尻目に、伊作は続けた。

「文次郎は鈍いから、僕が説明してあげるよ。 仙蔵に毒を処方していたのは僕。 そして、その毒を毎月仙蔵に届けていたのが君だよ」

「……何を言ってるんだ? あの薬は毒だったってのか?」
文次郎はかすれた声で言った。

「文次郎。知らないなんて言わせないから! 君たちが留三郎を見殺しにしたんだろう!?
僕はずっとずっと恨んでた! おまえ達なんて苦しんで、苦しんで、死ねばいいんだ!」
伊作は、語気を強めた。

ドサリと、仙蔵が床に落ちるのと同時に、伊作が壁に突き飛ばされた。

「痛いなぁ」
伊作は切れて血の滲んだ口元を手の甲で拭った。

「……お前が俺たちのことを恨んでいたのは知っていた。 だけどな伊作、それでも仙蔵はお前のことずっと信じてたんだぜ? 仙蔵を裏切るのか?」

「やめてよ、そういう言い方。 留三郎を亡くして、遣りようのない僕の気持ちだってあるんだよ!」

「解毒薬はないのか?」
文次郎が聞いた。
「そんなものは無い!有ったって渡さない」
伊作は文次郎を睨んだ。

「……決定的だな。」
文次郎はクナイを伊作に向けた。

「ふん、穢らわしい文次郎なんかにあげる命なんてない!」

伊作はそう言うと帯の内側から仕込み刀を素早く取り出し、左の掌にその刃を突き刺した。

伊作の衣が暗赤色に染まる。
そして、床に倒れて苦しそうにもがいたかと思うと、そのまま動かなくなった。



「おい仙蔵、大丈夫か?」
床に転がる仙蔵に文次郎は寄り添った。

「もんじろ……」
仙蔵はうっすらと目を開けた。

「仙蔵、すまなかった。 もっと早く気付いてやれたら」
文次郎は仙蔵の頬を愛おしそうに撫でた。

「もう……抱いてはくれないのか……?」
仙蔵の問いに文次郎は静かに首を横に振った。
「なら、せめて、殺して……くれ」
その瞳に最後の光を宿して仙蔵は言った。

「もう会わないと誓ったのに、未練がましくお前のもとに通ってしまった弱い俺のせいだ。 俺もすぐ行くから、赦せよ」



文次郎は、微笑んだ仙蔵の首に手をかけると力を込めた。
仙蔵は抵抗しなかった。

「仙蔵、お前が病に侵されても、毒に狂わされても、……ずっと愛していたよ」






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