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□愚者の弔い
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忍びを辞めた仙蔵は、人里離れた地でひっそりと暮らしていた。
親友であり薬師の伊作が、仙蔵の病を心配して静養を勧めたからだ。
仙蔵は小さな畑で野菜をつくったり、土をこねて轆轤を回したり、火薬の研究や忍具の類を作ったりして過ごしていた。

仙蔵を訪ねてくる者といえば、月に一度診察に来る伊作を除けば、野犬くらいなものだった。
だがある日、仙蔵のもとに珍客が訪れた。
文次郎だった。

仙蔵は動揺した。

文次郎は、表向き薬師でありながら、情報屋をしていた伊作のところに仕事で訪れた時に偶然仙蔵のことを聞いた、と言った。
そして、月に一度、伊作の代わりに薬を届ける役目を買って出た、とも言った。

仙蔵と文次郎は恋仲だった。
だが、それは何年も前の話。
忍術学園にいた時の話だ。

「仙蔵、随分細くなっちまって」
文次郎は一通り話し終わると、仙蔵を抱きしめた。
「わたしたちの関係はとっくに終わったんだと思っていた」
そう返した仙蔵もその背に腕を回した。


-----目の前に好いた人が突然現れたら、その感情を抑えることができようか……?


その晩、二人は愛し合った。
体内で溶け合う温度が全てだった。

翌朝、日が昇る前に文次郎は一月後にまた来ることを約束して、仙蔵のもとを去った。
文次郎には文次郎の忍務があったからだ。

それから、二人は逢瀬がくる日を指折り待った。
月の満ち欠けをこんなに長く感じたことはなかっただろう。

ひと月後、文次郎が伊作の薬を持って現れた。
そして、二人は夜を待たずに抱き合った。



月に一度の逢瀬は、それから半年ほど続いた。

しかし、この頃になると仙蔵の体調がみるみる悪化していた。
仙蔵は食事をほとんど口にせず、肌の血色は悪くなり、眼光も衰えた。
しかし、文次郎が訪れると、仙蔵は文次郎を欲した。
細くなった白い腕を文次郎の首に巻き付けて「早く抱いてくれ……」と囁いた。

そして、仙蔵は文次郎に抱かれている間だけ幸せそうにした。

仙蔵は身体を合わせた後も、再び抱かれたがった。
狂ったよう文次郎を欲しがった……。



翌日、文次郎は仙蔵を背に負ぶって町に下りた。
そして、伊作の診療所を訪ねた。
既に日は落ち、夜の帳が下りていた。

診療所に入ると、文次郎の姿を認めた伊作が「そろそろ来る頃だと思った」と呟いた。










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