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□その想いは時を超えて
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仙蔵は目を擦るとぐるりと辺りを見回した。
シングルベッド。
一回り大きなTシャツと、ハーフパンツ。
天井から吊られた照明。
クリーム色のカーテン。
観葉植物。
昔見覚えのある目覚まし時計と、郵便ポストの形をした貯金箱。
床に積まれた本。
決して広くも新しくもない。男独りで暮らすには充分なワンルーム。
ここは、文次郎の部屋だ。
昨晩は酒を飲んで、相当疲れていたのもあったのだが、結局タクシーの中で寝てしまった。
けれど、自分が文次郎に何を言ったのか。
それは覚えている。
なんてあざとい手だろうかと自分自身に笑ってしまうが、確かめたいことも、言いたいこともある。
簡単に帰れるか。
「おはよう!風呂貸してくれ!」
「うわ!?…仙蔵? おはよ…、だ、大丈夫か?」
寝室を出てキッチンに立つ文次郎に声をかけると、彼は驚いた顔をして言った。
「昨晩は完っ璧に睡魔にやられた」
「そうか…。お前らしくもなく眠りこけてたもんな。」
「迷惑かけたか?」
「いいや、全然。 あぁタオル出すから…」
そう言うと文次郎はキッチンを離れた。
仙蔵は文次郎の居なくなったキッチンをくるりと見回した。
捜査で色々な部屋を見て来たが、まぁ、男独り暮らしの平均という感じだろう。
コンロに油汚れもないから、普段は湯を沸かすくらいしか使っていない。
職業がら、どうも詮索癖が過ぎてしまう。
文次郎の部屋となれば、余計にだ。
「仙蔵、タオル」
「どうも」
仙蔵は文次郎からタオルを受け取り風呂に行く。
洗面台に一本しかない歯ブラシを見れば、文次郎に特定の女がいないことだって容易にわかる。
仙蔵はシャワーを浴びると腰にタオルを巻いた格好でキッチンに向かった。
「文次郎!ドライヤー何処だ?」
「うわっ。仙蔵! そんな格好でウロウロするんじゃねぇ」
そう言うと、文次郎はふっと視線を外した。
彼はコーヒーミルで豆を挽いているところだった。
「そう、いちいち驚くな」
そう軽く返すと、文次郎はムッとした表情で言い返した。
「…っ、お前こそ、どういうつもりだよ。この前はもう何も関係ないなんて冷たいこと言ってたじゃねぇか。
そうかと思えば、無防備に眠りこけるし、朝から半裸でウロウロしやがって!」
「怒るなよ…」
「…すまねぇ。お前と喧嘩したい訳じゃねぇんだ。 そうされて戸惑ってんだよ。お前との距離…、どうしたらいいかわかんねぇ」
文次郎は絞り出すように言うと俯いた。
「文次郎。悪かった。ちゃんと話しをしよう。」
「そうだな。服着てこい」