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□その想いは時を超えて
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「商社と言えば、金や鉄鋼なんかじゃないのか?」
「そりゃ、そっちの方が花形かもしれねぇけどよ、珈琲豆だからって馬鹿にしちゃいけねぇ。
先物取引にも使われる農産物だからな。通貨ほどの価値があるってことさ。
それに、本当に美味しい豆はウマいんだ!」

「なぁ、仙蔵、美味い珈琲飲みに来ないか?家に。 サイフォンで淹れるからよ。」

「…。」

誘ってみた。
しかし、静かに話を聞いていた仙蔵の表情が僅かに曇ったような気がして、慌てて話を戻した。

「いっやぁ、大変だったんだぜ、前に六本木で遇ったあと、豆の通関通すために一泊五日でコロンビアまで出張したんだからよ」

「それは強行だな。コロンビアと言えば、麻薬の一大産地だ。」
「そういや、そうだったかも知れねぇな…」
「お前もこの前見ただろう。仕事のパートナーが麻薬取締官でな。あれが聞いたら喜びそうな話だ」
仙蔵はそう言うとふっと笑った。


仙蔵も仕事の話をした。
守秘義務範囲内の話だろうが、捜査のことや、後輩のこと、最近は夜の繁華街に頻繁に来ることも聞いた。

「…。…。ふぁ」

話しながら、仙蔵が小さな欠伸をした。
そういえば、飲み始めてから二時間くらいは経つ。

「仙蔵、眠いのか?」
仙蔵の長い睫が目もとの辺りまで影を落としている。

「今朝も明け方まで捜査だったから」
「そうか、ならそろそろお開きにしようか。結構飲んだしな」
「…そうだな」
文次郎が言うと、仙蔵は目をこすりながら頷いた。

ご馳走する、と提案したが、奢られる理由がない、と断られた。

そして帰り際、店の出口の段差で一瞬よろめいた仙蔵を咄嗟に抱き留めた。

「酔っ払ったか…?」
そう聞くと、彼は少し赤らんだ顔で言った。

「珈琲。…飲みに行くか」
驚いて聞き返す。
「家に?」
「一番美味い珈琲を飲むんだ」

耳を疑った。

遠回しにも、家に行きたいのだ、と、そう解釈できる。
酔っ払っているにしても、仙蔵からそんな口説き文句を言われたらノーとは言えない。

「…。仙蔵…。おまえ、知らんぞ?」
「…。」

文次郎は仙蔵の脇を抱えて、店の前の通りまで出るとタクシーを拾った。











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