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□その想いは時を超えて
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文次郎は外出先から直接店に向かったので待ち合わせの時間よりも早く着いた。
無論、仙蔵を待たせるなんて論外なのだが。

約束の時間まで小一時間ほどあったから、ビールを一杯注文した。
そして、会社にいる田村に直帰すると伝えるついでに、仕事を二、三頼んだら、案の定文句の返信が届いた。
そういう態度を取りつつも、確実に仕事をこなす田村は腹心の部下だと思う。




偶然、仙蔵に遭ってから二週間、彼のことを色々考えていた。
留学して仙蔵と連絡がとれなくなってから9年も経つ。

あの時、仙蔵よりも留学を選んだ自分を彼はまだ許していないだろうか…。

仙蔵が大学を卒業して刑事になったことは、同級生から聞いて知っていた。
帰国して、友人のつてを辿れば仙蔵と連絡をとることも不可能ではないだろうとは思ったが、
自分の都合で仙蔵から離れておいて、今更彼の元に戻ろうというのも虫が良すぎるようで、出来なかった。

自分には成し遂げたいことも手に入れたいものも沢山ある。野心家なのだ。
あの時、仙蔵と居たいがために機を逃すことは自分にはできなかった。

何故なら、こういう不器用な生き方をする男こそが、俺だからだ。

そういう自覚はありつつも、仙蔵はずっと特別な存在だった。
愛していた。
一緒にいて、時折見せるあの笑顔を守りたいと、幸せにしてやりたいと、そう思わずには居られなかった。


予期せず、仙蔵から連絡がきた昨日から、有りもしない皮算用をしてしまう。
「もう何も関係ない」と言い切っていた、あの仙蔵が連絡をよこしてきたのだから。
もしかしたら、また一緒に居られるのではないかと…。

「いや…」

文次郎は小さく言うと、指でビールグラスの露を落とした。

(案外、既婚で。美人な奥さんと、可愛い子ども達がズラっといたりしてな…)

仙蔵ならそれも充分あり得る、などと内心呟きながらビールを煽った。

その時だった。
背後に気配を感じた。


「待たせたか?」
仙蔵だった。
この前会った時に感じた殺気のようなものは纏っておらず、実に自然に現れた。

「…あ。あぁ、待ってない、全然」
どういう態度で出れば正解か、一瞬考えて何だか片言の日本語で返した。

「元気そうだな。仙蔵。」
「お前は相変わらず隈がすごい」

学生の頃と変わらない凛とした風貌と、自分に向けられる毒舌に少し安堵しつつ、左の薬指に装飾品がないことも確認した。

「あー、南米との取引が多くてすっかり寝不足なんだ。あ、ビールでいいか?」

仙蔵は「それでいい」と返すと、カウンター席の右横に腰掛けた。

ビールが来て、お疲れ、と、友人同士で呑む時みたいに簡単にグラスを合わせた。
それから他愛もない…、仕事の話なんかをした。


自分の担当商材が珈琲豆なんだと、言うと、仙蔵に笑われた。








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