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□その想いは時を超えて
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文次郎が酒場で仙蔵を見かけてから二週間ほど経ったある日のことだった。
『明日夜会わないか』
と、まるでタイトルか?というくらい、短いメールが文次郎のスマホに届いた。
仙蔵からだった。
「仙蔵からだった。」と、いうのもあくまで憶測に過ぎないのだが、誘いとも、脅迫とも取れる短文を自分に送りつけてくるあたり、どう考えても仙蔵以外に考えられなかった。
仙蔵は高校のクラスメイトだったが、元々、懇意にしていたわけではなかった、と思う。
性格も相容れないし、趣味が被るわけでもない。だが、なんとなく気になる存在ではあった。
しかし、二人の発端のことは不思議とよく覚えている。
高校三年の時、偶然、塾に遅刻しそうになっていた仙蔵をバイクに乗せて送ってやったことがあった。
バイクに二ケツして誰かのアシになってやることは別に珍しいことではなかったが。
バイクの後ろに仙蔵を乗せて、彼の体温を背中に感じた時、妙な感情を抱いた。
それは、とてもあさましい感情で、そういう意味で彼を意識したのは、この時が初めてだった。
以降、時々向けられる仙蔵の視線が気になるようになった。
互いに意識し合っていることに、互いに気がついた。
そしてある日の放課後、仙蔵を呼び出して聞いた。
「俺のことが好きなのか?」
と。
仙蔵はyesもnoも言わず、少し沈黙してから「おまえの方こそ」と返してきたから、そうだ、と答えた。
もう一度、俺の事が好きなのか?と、問うと、彼は頷いた。
そして、誰もいない屋上でキスをした。
こうして恋仲になったのだ。
半年後には高校を卒業し、大学生活に入った。
大学は違ったが、どちらのキャンパスも都内にあったから、よく会っていたし、仙蔵は度々泊まりに来た。
そんな関係は三年ほど続いたんだ。
文次郎はスマホを手に密かにほくそ笑むと、『明日夜九時に六本木の店で待つ』と、店の地図を添付して返した。
「あれぇ、潮江課長補佐、何か良いことでもありました? 合コンのお誘いなら僕にも声かけてくださいよー?」
部下の田村が、頼んでおいた資料を手に嬉しそうに近づいてきた。
二つ年下のややお調子者だ。
「ふふん、羨ましいか。だがな、無駄口叩いてる余裕はないぞ。 仕事だ。」
文次郎は田村から書類を受け取ると続けた。
「アラビカコーヒーの来年の"材料"を洗っておけ!明日の正午までだ」
「来年の"材料"…」
「ニューヨーク先物取引相場の参考にする。クライアントに提出するからコンフィデンシャルで。それから、コロンビアからの通関書面揃ったら木曜日中にロジスティック部の加藤に届けろ」
「…木曜中ってことは、社内便だと締めは木曜の朝九時?」
田村は腕を組んでうーんと唸る。
「いや、間に合わなけりゃバイク便でも構わん、あれなら一時間でつく。」
「はぁい。なんか急ぎの仕事ばっかりですね」
そう言うと、田村は溜め息をついた。
「ははっ、燃えるだろう? こんな大事な仕事、出来ない奴にはやらないさ。」
「…」
「まあ来週あたりに美味い酒でも飲ませてやるよ」
文次郎が言うと、田村はへへ…と満足そうに笑って席に戻っていった。