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□その想いは時を超えて
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文次郎は、もやもやと考え事をしながら、とある雑居ビルのうす暗い階段を降りた。

ここは、文次郎が行きつけにしているブリティッシュパブだ。
食にこだわりがあるほうではないが、ここの飯はそこそこうまいし、朝まで営業していて何より帰りに寄れる便利さがいい。


入り口の木戸を開けると、カウンターの奥でシェイカーを振るマスターが、そのサングラスごしに視線を合わせた。
文次郎はそのまま店内を進み、カウンターの端に座った。


「バスペールエールと、フィッシュ&チップス」

文次郎は、手短に注文すると、カウンターの上に組んだ手の上に額を乗せた。
深夜とは言え、店内のざわめきが耳に入る。

暫くして、ゴトリ…と、グラスが置かれ、顔を上げると、ふと、殺気にも似た鋭い視線を感じて文次郎は振り返った。


「…!」
「…立花!」


文次郎は視線の先に座る一人の男を認めると、思わず立ち上がった。
立花と呼ばれた男は、表情を変えずに口を固く結び、文次郎をじっと睨みつけていた。
艶のある黒髪を後ろになでつけ、黒っぽいスーツに身を包んだ、その端正な顔立ちの男は、まるで高級クラブのギャルソンか、ウェイターのようにも見える。


「立花仙蔵だな!…元気だったか?」

文次郎は数年ぶりの再開に思わず顔を綻ばせたが、仙蔵の表情は固いままだった。

「…。相変わらず御都合主義だな、潮江! わたしとお前はもう、何も関係ないだろう。」

そう言った仙蔵は、不愉快だ、と言わんばかりの表情を浮かべていた。

「そ、それは誤解だ。ちゃんと話しをさせてくれ」

文次郎は、仙蔵の態度に慌てる。

「何でも貴様の思い通りになると思うなよ!それに、わたしは今勤務中だ。飲んだくれのお前に付き合う暇はない!」

「仙蔵っ!話を…っ」
「…!?」


二人が悶着していると、少し離れたテーブルにいた一人の青年が突然間に割って入った。

「…。」

細身のスーツに身を包んだ青年は、仙蔵を護るように手を広げて立ちはだかり無言で文次郎を睨んだ。

二人は一寸睨み合ったが、青年は、次の瞬間、はっとした表情をして、店の戸口を見やった。
文次郎も視線の先に目をやると、2、3人のパーティが店を出るところだった。

「星が動いたな。逃がすなよ。」

仙蔵が小さく言うと、青年は頷いて、音もなく客を追って出て行った。


「…失礼」

そう短く言うと、仙蔵も青年の後を追って行ってしまった。


「…。」
(仙蔵の言うとおり、自分の思い通りになることなんて、ほとんどないのかもな。)


文次郎は自嘲ぎみに笑って席に戻ると、ワンパイントのビールをかっ喰らった。




* * *







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