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□その想いは時を超えて
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…それから新幹線に揺られて二時間程経った頃だろうか。
文次郎に揺り起こされて車窓の外の銀世界に気がついた。


「文次郎、まだこんなに雪が…!」

仙蔵は思わず嬉しくなった。
今年は暖冬で東京では殆ど雪を見なかった。
それで、今回の旅行も雪見風呂をリクエストしていたのだ。

「そう言えば、今日はどんな宿を取ってあるんだ?」

仙蔵が尋ねた。

「去年、海外の要人が来日した時に接待で使った宿でな。飯も湯も逸品だぞ」

「なんて宿?」

「塩崎亭」

「…知らないな」

「ネットにも旅行雑誌にも載らない隠れ宿なんだ。政治家や芸能人がお忍びで泊まるような宿だから、普通には知られてないんだよ」

「そうか。」

「ご所望の露天風呂が部屋についてるんだ」

「部屋に?…貴様、それは下心だろう」

「いやいやまさか!」

そう言って首を振る文次郎だったが、顔はどことなく笑っていた。

「それにしても、そんな宿に泊まらせてくれるなんて民間企業は羨ましいものだな。
公務員は経費削減の煽りを受けて公費でタクシーにも乗れなくなったからな」

「接待する方は、それ以上に気を遣うってことだよ」

「そうか。なら、今日はわたしが接待されてやる」

「…。 仙蔵、相変わらずだなぁ」

「何だ…?」

「いえ、喜んで接待させて頂きます」


そんな事を言って二人は笑いながら、長野駅のホームに下り立った。







文次郎が押さえていてくれた宿は想像以上だった。

御用邸か、もしくは由緒正しい仏閣などにあるような大きな木の門をくぐれば、綺麗に雪が除かれた石畳が宿の入り口まで続いていた。

宿の暖簾をくぐると、女将の丁寧な挨拶を受け部屋に通された。

フロントのある母屋から、渡り廊下でそれぞれの客室に向かう仕組みだから、客同士のプライバシーにも配慮されているというわけだ。
通された部屋は、部屋と言うより戸建てに近いつくりの客室だった。
客室にはベッドルームが二部屋と、十畳ほどの和室が三部屋、内風呂に、露天風呂、庭園が望めるサンルームまで付いていた。

仙蔵は部屋から庭園を眺めると思わず感嘆した。

庭園の中央にある池から続くせせらぎには赤い太鼓橋が彩りを添え、それを囲うように広葉樹や松が植わっていた。
最も、それらの景色は白銀に包まれて静寂を演出しているわけだが。

「綺麗だなぁ」
仙蔵が呟いた。

「たまにはこういう贅沢もいいだろ?」

荷物を片付け終わった文次郎がそばに来て言った。


「都会の喧騒を忘れる」

「…そうだな」


こうして静けさと悠久の時を感じながら二人は久し振りの休暇を過ごした。
そして夜になれば、部屋まで運ばれる懐石料理に舌鼓を打った。








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