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□その想いは時を超えて
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* * *




仙蔵は夜勤明けの重たい身体と、小さめのボストンバッグで、東京駅の新幹線ホームに続く階段を上った。

今朝方まで、渋谷の道玄坂裏手にあるクラブの麻薬一斉摘発に駆り出されていた。
よくこれだけ暇な輩がいるものだ、と、夜の渋谷の混みようには驚いていたのだが、
『こっちも一杯くらいひっかけないとやってられないな』
などと、軽口を叩けるパートナーも昨日は不在だったので、苛々もいつも以上に募った。

仕事のパートナーである綾部の体調が最近良くないらしい。

らしい。と言うのも、自分が綾部の携帯に電話をしても彼が出ることはなく、上官伝いに綾部が体調不良で暫く捜査に参加できないと、聞かされていたからだ。

綾部が捜査を休み始めてから一週間ほど経つのが心配で、家に見舞いにでも行こうかとも思ったが、彼の住まいを自分は知らない。
大学でも職場でも近くにいたくせに、自分は綾部のことを殆ど知らないのだ。
彼自身も自分のことをペラペラしゃべる人間ではなかったが、こんな時ばかりは、他人に興味しない自分の性格を短所に思う。



「その顔、夜勤明けだな…?」

考え事をしていたせいで、目の前の男に気付かず通り過ぎそうになった。

「…。久し振りに会うから、お前の顔忘れかけていたよ。文次郎」

「ご挨拶だなぁ。二週間ぶりくらいだろう」

「いいや、三週間ぶりだ!」
仙蔵はそう返すと、彼の手にボストンバッグを押し付けた。

「はいよ。そいつは失礼したな。それよりジャストオンタイムだ。早く乗ろう」

文次郎に背中を押され、仙蔵は長野新幹線に乗り込んだ。



「……。」

席に着いて程なくすると、窓の外の景色が動き出した。
文次郎が上着と鞄を棚に上げ、弁当とビールの缶を取り出すと隣に腰掛けた。

「…なんだか疲れたよ」

仙蔵がぽつりと言うと、文次郎が返した。

「知ってる。だから、今から骨休めに行くんだろ? 仙蔵、今日は何もしなくていいからな」

そういうふうに言って、自分を景色の良い窓側の席に着かせ、当たり前のように二人分の弁当と飲み物を用意している文次郎に、自分はまたこうして甘えている。








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