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□その想いは時を超えて
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ドライヤーで髪を簡単に乾かして戻ると、文次郎はサイフォンでコーヒーを淹れていた。
珈琲の香ばしいかおりがリビングいっぱいに広がっている。


「もう、そのつもりだったんだが、今日は午前半休にしたよ。 仙蔵、仕事はいいのか?」

「今日は非番なんだ」



そう返すと仙蔵は文次郎の脇からまじまじとサイフォンを眺めた。
フラスコの下ではアルコールランプの火がゆらゆらと揺れている。


「理科の実験みたいだな」


コーヒーをサイフォンで淹れているところをちゃんと見たのは初めてで、思わずそんな陳腐な感想が出る。


「挽きたての豆をネルドリップするのも手軽でいいんだが、サイフォンの方が香りが逃げなくていい。」


文次郎はそう言うと棚から2つのマグカップを取り出してテーブルに置いた。


並んだカップに見覚えがあり、仙蔵は思わずはっとする。
それはまだ学生の時に二人で買った揃いのもので、胸がきゅっと締めつけられた。



カップにコーヒーを注ぎながら文次郎が切り出した。

「…。仙蔵、先ずは俺から謝…、」
「いや…、違うな。 お前が謝ることなど何もないんだ…っ!」

仙蔵は文次郎の言葉を遮って言うと彼の背中にぎゅっと抱きついた。


「仙蔵…?」

文次郎は少し震える声で名前を呼んだ。

「…わたしのマグカップを取っておいてくれたのだろう? 昔、持ってきた目覚ましだってまだ在った。 それで充分なんだ…っ」

「仙蔵…。仙蔵は…。」

「わたしはあの頃から何も変わらないぞ…」

仙蔵は少し背伸びをすると文次郎に口付けをした。

「仙蔵…、それは…」

目を見開いた文次郎に仙蔵は再びキスをした。

「せん…っ」

「文次郎、意地を張っていただけなんだ。 ほんとはずっと会いたいと思っていた」

「俺達はあの頃みたいに、…またやり直せるのか?」

仙蔵は文次郎の問いにコクリと頷くと、彼の首に抱きついた。

「…っ。昨晩お前の寝顔を見ながら我慢するの、大変だったんだぜ。 もう、たまんねぇ!」


文次郎はそう言って仙蔵を抱き上げるとベッドに運んだ。








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