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□八左ヱ門の片思い
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兵助とは、これまでほとんど接点がなかった。
接点が少ないのは今だってあまり変わらないけれど…。


思い返せば、全ては、四年生時のクラス対抗大討論会の時から始まった。

討論会とは、ある議題について、反対派と賛成派に別れて、それぞれの主張を行い、第三者である傍聴人が、反対派、賛成派どちらに納得がいくかその勝敗を決める、壇上の競技だ。
忍の手の者が、秘密裏に国同士の調停や和議を進める場合もあるから、優れた忍になるためには、状況把握能力や、交渉力、思考の瞬発力を磨く必要がある。

ろ組の応援席で、討論の行方を見守っていた八左ヱ門は、最初、
(い組に、すげぇ切れ者がいる)
と思った。
そして、気付けば壇上での兵助の毅然とした討論ぶりにすっかり魅了されてしまっていた。

この時まで八左ヱ門は、正直、兵助のことなど気に止めたことすらなかった。
しかし、よく見れば、大きな瞳を縁取る長い睫や、ふわりと柔らかそうな髪の毛、綺麗な色をした薄い唇は、まるで女のようだし、討論会以降、無性に気になる存在になってしまったのだ。


それからというもの、八左ヱ門はクラスメートや委員会の奴らに、それとなく兵助の事を聞き出したり、街で見かければこっそり尾行した。

勉強も実技もできる完璧主義な奴だと思っていたが、意外に抜けているところもあって、火薬の調合を間違えて、すすまみれになることも多いようだし、
何より豆腐のこととなると、人格が変わってしまうほど愛を注いでいて、街で見かける兵助は、大抵豆腐屋に吸い込まれていくし、
食堂の炊事場を借りて自作しては、委員会の後輩達に豆腐料理を振る舞うこともあるらしい。

賢く、実技も優秀で、隙のない容姿…。
そうかと思えば、豆腐好きでおっちょこちょいな一面も持つ兵助。

八左ヱ門は、まるで坂道を転がる岩のように、加速度的に彼に惹かれていく自分に気づく。

要は、すっかり恋に落ちてしまったのだ。

想いは募るばかりだが、一方で彼は自分のことなど、ほとんど知らないのだと思う。
まさか、名前と委員会くらいしか知らないような隣のクラスの男が、その姿を見つけては熱視線を送っていることも、
いつか、その髪を優しく撫でて、背中から抱きしめたいと思っているなんてことも、兵助は夢にも思わないだろう。

それに、そんなことを知ったら、彼は驚くはずだ。
大きな目を更に見開いて唖然とする表情すら、ありありと想像できてしまうからこわい。


「オイ、八左ヱ門、呼ばれてっぞ!」
「あ…、はい!」

三郎に声をかけられ、八左ヱ門ははっと、我にかえる。

「竹谷、分国法にも影響を与えている、足利尊氏が制定した施政方針とは、何のことを指すかわかるか?」
「あ、はい…。建武式目です。」
「…そうだ。よろしい。」


急に当てられたって答えられるのは、ちゃんと予習しているからだ。
週に一回、唯一、兵助と一緒に受ける授業で恥などかけるものか…!



…―――――





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