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□君は君らしく
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「それは、ないものねだりだろう。伊作にはふわふわしたその髪が似合ってる」
彼は慰めるように言った。
「そうかなぁ」
「そうさ」
「サラストNo.1には、僕の気持ちはわからないよ」
伊作がそう言うと、仙蔵は少し困った顔をした。
「……。そうかもなぁ。だけどな伊作、サラストが良いって決めるのはまだ早いぞ?長い黒髪が良しとされていたのは、平安時代の価値観だ。
ファッションの都、京では、今ユルフワが流行りだしている、って話だし。」
「そうなの?」
「あぁ。京に住んでいる姉上が言っていたよ」
「仙蔵の姉君が?」
仙蔵の姉も、きっと美しい黒髪の持ち主なのだろうと、伊作は想像した。
「わたしはわたしだし、伊作は伊作なんだから。お前らしくしてればいいんじゃないか?」
「僕らしく?」
「あぁ。いっぱい持ってるだろ?いいところ。わたしは知ってるぞ」
仙蔵はそう言うと目を細めて微笑んだ。
「仙蔵……」
彼の隣に居る時、彼に引け目を感じてしまうのは、彼の見た目が単に綺麗だからじゃなく、彼が勉強も実技もできるからじゃなく、
もしかしたら、こんな風に僕に優しい言葉をかけてくれるからかもしれない。
自分のクセ毛に一喜一憂している、こんなどうしようもない僕より、なんて大きな人なんだろう。
「じゃあさ、僕はユルフワNo.1を目指そうかなぁ」
「あぁ」
僕が言うと、仙蔵は頷いた。
「さ。伊作、わたしたちは引き上げよう」
「見張りは、もういいと思う?」
「だって、雨。 降るんだろう?」
「うん。それは間違いないよ」
「じきに陽も落ちる。開戦は明日以降になるだろう」
「それも、そうだね」
…−−−−−
仙蔵は仙蔵らしく。
そして、僕は僕らしく……。
仙蔵がかけてくれた言葉。
あれから…、今でもとっても大切にしているよ。
* おわり *
(→あとがき)