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□君は君らしく
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(もう、あと一刻ほどで雨が降り出すだろうな)

伊作は木々の間から見える黒い空を仰いで紫色の頭巾を取ると、髪を結い直した。
髪は空気中の僅かな水蒸気に反応して煩わしく絡んでいる。

今日の任務は合戦場の情報収集と、先輩達の後方支援をすること。

伊作が頭巾を巻き直すと、ザワザワと熊笹の葉をかいて仙蔵が戻ってきた。

「伊作、異常は?」
「ないよ。そっちは?」
「こちらも、両軍睨み合いのまま動きなし、だ。」
仙蔵は息を整えて、肩に着いた枯れ葉を手ではたいて落とすと言った。

「仙蔵、まだ葉っぱが……」

伊作は仙蔵の髪に付いた葉に気づいて、手を伸ばした。

仙蔵と組んで二人で任務をするのは久しぶりだ。
仙蔵は優秀な奴で、教科だけじゃなく実技も…、僕が登れないような崖だって堀の石垣だって、容易く登ってしまうし。
だいたい、落とし穴やら、肥溜めやらに悉く嵌るような自分と比べること自体愚かなのかもしれないけれど。
加えて彼は、とても美人な人で、髪の毛ひとつとったって、僕のとは違って黒く真っ直ぐで、風が吹けば美しくなびくのだ。

今日みたいに仙蔵と二人で行動する日は、余計に自分が見劣りするようで、きっと仙蔵の方は気になどしていないだろうけど、
僕は勝手に、秀逸な彼に対して引け目を感じてしまう。

「伊作?まだ何かついてるか?」

風に靡く彼の髪に思わず見とれていたのだろう、仙蔵は怪訝な顔で聞いた。

「ううん。仙蔵の髪は真っ直ぐでいいなと思って。」
伊作は仙蔵の髪から取った笹の葉に視線を落として言った。
「そうか?」
「うん。雨が近くたって、巻いたりはしないでしょう」
「そうだなぁ。巻かないな」
「僕の髪を見てよ。湿気でこんなにくるくる巻いて。僕の髪も黒くて真っ直ぐだったら良かったのに。仙蔵が羨ましいよ。」
伊作は湿気を帯びて絡む髪に指を通してみせた。







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