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□風花
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はらはらと降る雪を目で追いながら上空を見上げると、空には星が瞬いていた。
雪が降っているというのに。

こういうのを何て云うんだったか。
天気雨…? いや、狐の嫁入り…? 少し違うか。

「… … …。」


「…風花だな」
突然、聞き慣れた声がした。

「気配を消してわたしの背後をとるな! おまえじゃなければ、一太刀浴びせてたぞ! 文次郎!」

仙蔵が少しムッとして振り返ると、文次郎が私服に防寒用の黒い外套を羽織った格好で自分を見下ろしていた。
おそらく外出から戻ったばかりだろう。

「…と言うか、今夜は女の所に行っていたんじゃないのか?」
仙蔵は眉を寄せて文次郎に問いかけた。

「女…。 俺は街に行くとだけしか言わなかったはずだが…。」

「違うのか?」
仙蔵がさらに聞くと、文次郎は片手を額につけて、小さく、参ったな、と呟いた。

「いや、違わない。 知っていたんだな」
「そんなの、ずっと前から知っていたさ。」
仙蔵はそう言ってくるりと文次郎に背を向けると、膝を抱えた。

「文次郎、わたしは女のことをどうこう言う気は毛頭ないから安心しろ。」

「それは、寛大だな…」
帰るなり女の存在を指摘され、さぞお灸を据えられるだろうと覚悟した文次郎だったが、それは杞憂に終わった。

「…しかし、何かあったのか? 帰ってきたりして…」
「あぁ…。馴染みの女が店を辞めていたんだ…」

文次郎の口から直接、女のことを聞いたのは初めてだった。
…女といっても、店の女だったのか、と仙蔵は思う。

「店なら、他の女だっているだろうに」
「誰でもいいってもんじゃないさ。 それにしてもな、店の奴らも、少し前に突然辞めたとしか言わなくてよ」
「それはきっと他の男と出て行ったんだろう」
「俺も…そう思うことにしたよ。」
文次郎はそう言うと、仙蔵の横に腰を下ろした。

「とどのつまり、おまえはフラれたってことだな」
ははは、と仙蔵は笑ってみせる。
「…だなぁ。」
文次郎はふぅと白い息を吐くと目を細めて遠くを見た。
「未練あったのか?」
「まさか!…ねぇけどよ。それならそれで幸せになって欲しいよなぁ」

「女の名は…?」
「…朱美。」

「あけみ、か。どこかの街で見かけたら、おまえに所在くらい教えてやるよ」
「あー、そうだな…」


未練はない、と、そう言いきった隣の男だったが、それでもどこか腑に落ちないと言うか、淋しそうな表情を浮かべて舞う雪を見ていた。






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