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□風花
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校庭の桜も裏山の楓も、その葉を赤や黄色に染めたと思ったらすぐに落としてしまった。

「もう、すっかり冬だなぁ」

立花仙蔵は、長屋の屋根に腰を下ろして、誰もいない夜の校庭を一人見下ろしていた。
陽が傾くのもすっかり早くなり、夜の冷え込みも厳しくなるばかりだ。

こんなに寒いというのに、わざわざ屋根に上がる気になったのは、雪が降りはじめたからだ。
今年初めての雪だろう。
雪といっても、ざんざん勢い良く降る雪ではなくて、灰か、何か小さい虫が飛ぶかのように、ふわりふわりと舞うような雪だ。
夜の寒さに耐えかねて、火鉢を借りに用具倉庫に行った時に、雪に気がついた。
そして、なんとなく、まだ見ていたい気がして、屋根に上がったのだ。

「綺麗だ…」

今年一番の雪を文次郎にも見せてやりたいと思う。
だけど今夜は帰らない。
夕方、「街に行く」と言って出て行ったが、あれは女の所に通っているのだ。

文次郎に女がいることは、決して不思議なことではないし、理解しているつもりだ。
それに、わたしと文次郎の関係と、文次郎と女の関係は、一見すると似ているかもしれないが、実は全く別次元のことだし、
忍である我々にとって、色恋沙汰があったとしても、それは遊びごとか、…所詮、積もらぬ雪のようなものなのだ。


仙蔵は思案しながら、手の甲に着地した雪が溶けて消えるのを黙って見やる。





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