本文見本
所々で区切ってあります






広がっていく波紋はいずれ大きな渦になり いずれ思考や行動さえも飲み込んでいく

わかっていて、一石を投じる事ができた時、 生還していた世界がゆっくりと回りだす。

ゆっくりと

人間というのは不思議なもので、 うまくいかないときはまったくもってうまくいかないこと が重なるものだ それを痛感するように、中在家長次は重たい溜息を吐き出 した。

久しぶりの忍術学園の長期休暇を利用して、図書室の整理 を行っていた長次であったが、 思った以上に書物の量が多く、なかなか骨が折れるものだ と思いながら 少し休憩でもしようかとコキリと首を鳴らした。

頼りになるひとつ下の後輩である不破雷蔵は、同じ顔をし た同級生である 鉢屋三郎について町へ出てしまった。

手伝いますといってくれた雷蔵の言葉を断った長次は、 まだ半分も終わっていない蔵書に、再び溜息を吐き出し た。

「あ」

ガラリと開いた扉に視線を移せばそこには見慣れた後輩であ る 竹谷八左ヱ門が目をぱちくりとさせていた。

「…竹谷?」

「あ、すみません…人がいるとは思わなくて…。」

蔵書の整理ですか?と問いかけた竹谷に長次はゆっくりと うなずいた。

「…竹谷は、調べものか?」

「えぇ…まぁ…休み明けに実習があるんです。 本当だったら他の連中とも考えるべきなんですが 雷蔵たちは町へ行ってるし、い組の連中は里帰りしてます から 帰ってくるまでに大まかな作戦を練っておこうかと思っ て…」

折角の長期休みに予定もありませんしと笑った竹谷に、 今度は長次が目を瞬かせた。

「…小平太は」

「七松先輩は、委員会が忙しいようですから…」

苦笑いを浮かべる竹谷に長次は眉を寄せた。 長次と同室である七松小平太は竹谷と所で言う恋仲という 関係だった。 物鬱気な表情を浮かべる竹谷を見下ろしていた長次は 不意に思い立ったのかそっと肩に手を置いた。

「先輩?」

「実習の作戦…私も考えるのを手伝おう」

途端に明るくなる竹谷の表情に顔を綻ばせた長次は フッと先ほどとは違う安心したような溜息吐いた

子供のようにお願いしますと笑いながら奥へ足を進める竹 谷の背中を見つめながら 長次自身先ほどまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んでいくのを 感じた。 暴君と称される七松が唯一彼を欲した理由はきっとそこな んだろうと思う

長次もまた、親友と恋仲であるこの竹谷に想いをよせてい た

誰にも悟られることは決してなかったが…。

「中在家先輩は諜報はお得意ですか?」

「…諜報か…私はなかなか口数が多いほうではないのでな 町民などにまぎれるのには目立ちすぎるから 用心棒として標的の懐に忍んだりする事が多い…。」

「聞かなくて、情報が集まりますか?」

竹谷の疑問になんと説明すればよいかと考えた長次は しばらく思案をめぐらすと小さな声で沈黙は、とつぶやい た。

「沈黙は、話術に勝る武器だ」

目を瞬かせた竹谷に小さく落とすように笑った長次はたと えば、 とゆっくり語り始めた。

「言葉が巧みであれば情報を聞き出すことも容易いだろう が その分同業から目をつけられやすい 下手を打てばその分危険が降りかかる。 言葉を発さなければ、口が堅いと信頼され雇い主は簡単に 口を割る 特に話すことが苦手な人間は、黙っていた方が有利にな る」

目を輝かせながらうなずく竹谷は楽しそうで、長次は少し 嬉しくなる。 嬉しくなると表情が険しくなるのは自らも理解している事 だったが 長次の顔をうかがった竹谷は嬉しそうに表情を緩めた。

「中在家先輩は、教え方がうまいですね」

「そうだろうか…。」

「あの人じゃ、こうはいきませんから」

どこか苦笑いに近い笑みを浮かべた竹谷に長次はなぜか胸 がざわつくのを感じていた。

それでも平静を装いながらあいつは何事も大味だからなと 笑って見せた。

「それ、言いえて妙ってやつです」

クスリと笑い返した竹谷に対してうなずいた長次は今回の 実習は諜報なのか?と問いかけた。

「そうなんですよ…どうも俺の苦手な分野で…。 どうしようか悩んでいたんですけど…」

中在家先輩に聞けてよかったですと笑った竹谷に長次は苦 笑いを浮かべた。

言葉一つ一つがとても大切で ころころと変わる表情全てを、閉じ込めてしまいたいと切 に願った

長次はそっと竹谷に手を伸ばし、くしゃりとその頭を撫で た。

それに驚いて顔を上げた竹谷の視界には とても優しげな表情を浮かべる長次がいて、彼は更に目を 見開いた。

「…何かあれば、またいつでもくるといい」

何度か目を瞬かせた後に、竹谷は数度こくこくとうなずい て まぶしいほどの笑みを浮かべたのだった

「竹谷!!」

ガラリと騒がしいほどに音を立てて開いた扉に長次も竹谷も 少し目を瞬かせた。



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※温いですが性描写があります


「長次、今帰りか?」

「…あぁ」

今日はよく望まずして人と顔をあわせる日だと思いながら 頷くと文次郎は少し言い辛そうに 今は、まだ部屋に戻らないほうが良いとつぶやく。 それに対し、最早なぜと問いかける事もなく、帰ってきて るんだな?と答えた。 予想より大分早い帰還に少し驚きながらも長次は文次郎に 視線を戻した。

「まぁ…鉢合わせは流石に気まずいだろう…?」

「…片づけで汗をかいたからな…湯浴みをしたいから一度 着替えを取りたいんだ、 情事中なら流石に空気を読む…」

心配はいらないさと告げた長次に対して、文次郎は戸惑っ たようにそうか、と返すと もしも、無理そうなら着替えを貸すから戻って来いと声を かけた。

頷きながら、随分気を遣わせている様だと申し訳なくなり ながらも 長次はそのまま少し離れた自室に向かった。

部屋の近くまで差し掛かったとき、自室からガタン、と物 音がした

静かに耳を済ませると少しもめているようだった。

「ちょ…っ先輩、待ってください…っここじゃ…っ」

「なぁに、長次はもちろん他の連中は皆お前との仲を知っ ているから 無粋なまねはしないだろう」

「あ…っでも…っ中在家先輩が…っ」

「もー、竹谷!私と一緒にいるときに他のやつの名前は出 すなっていつも言ってるだろう!」

お仕置きだなと愉快そうな七松の声が響いたときに竹谷の 制止の声は 既にあえぎ声と変わっていた。

「………。」

黙って踵を返した長次は文次郎に着替えを借りに行かなく てはと どこか他人事のように思いながら、何だか今にも泣きたく なってしまった。

惨めだった。嫉妬を感じている自分も、あきらめた振りを 続ける自分も

「うまく…いかないものだな…」

自嘲交じりの溜息を吐き出した長次は懐に手を入れると、 カサリ、と少し汚れた蝶の切り絵を取り出した。

いっそ、この想いと共に空に消えてくれたらと思いながら 長次は 光りだした月を見上げたのだった。

「ちょ…っ、先輩…っぅあ…っ」

いつもよりも余裕が無さそうに責めて来る七松に竹谷はど こか違和感を感じていた。

「…っ、竹谷ぁ…っ出すぞ…ッ」

「え…っちょ、あ…っうあぁ…っ」

中に広がる温かい衝撃と共に果ててしまった竹谷はぼんや りと自分を押し倒す七松を見上げた。

「あーっ久しぶりだとやっぱり気持ちよかったなぁ!」

「………。」

底抜けに明るい笑顔で告げられる言葉に竹谷は返事を返せ ずゆっくりと上半身を持ち上げた。 久しぶり、確かにそうだった訳なのだが、 竹谷は七松とまともに会話を交わしたのが既にいつだった か覚えていない。 町に行った時も竹谷は一生懸命自分の事を話すのだが、 七松はどこか上の空で何か思案しているようだった。

何かあったのかと問いかけても何もないと答えるだけで、 竹谷はそれ以上詳しいことは何も聞けなかった。

そして、数時間かけて出た町について暫くした後、 帰ろうと言われついた部屋で押し倒された。

いつからだったか、竹谷は七松との関係に疑問を持ち始め ていた。 七松は元来から細かいことは気にしない大味な性格だった が 時々、何かを確かめるようにこうして余裕がなくなる。

そうなれば特に会話を交わすことなく情事に持ち込まれる ことも常だった。

事がすめばすぐに寝息を立て始める七松を横目に見て、竹 谷は溜息を吐き出した。

「先輩、俺のこと…ちゃんと想ってくれていますか…?」

竹谷の質問に答える者は誰もおらず、目を伏せた後、竹谷 は部屋を出たのだった





※あくまでサンプルなので所々本文とは異なる箇所があります

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