夢
□状態変化
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もう壊されているかも、という焦りが詩帆の心に入り込んでいて、自然と足が速くなる。
高校に上がってから運動量がだいぶ減ったので、詩帆の呼吸はすぐに乱れた。
それでも、出来る限りでスピードを上げた。
彼女はほんの少し、自転車に乗れば良かったかな、と暗い道を目前にしつつ思った。
起きてからすぐ走り、貧血で目眩のする頭に悩まされる。
米神を中指で軽くはじきつつ歩いていると、ここら一帯で一番大きい建物が見えてくる。
その建物こそがスイミングスクールなのだが、随分とその容貌を変化させていた。
空を映して美しく輝いていた大きな硝子は割れ、その隙間から蜘蛛の巣を覗かせている。
笑った子供の壁画は、雨風によってインクがにじみ、おどろおどろしいことになっていた。
廃墟であったが、侵入すれば罪に問われることを詩帆は理解していたため、眺めるだけに留まった。
随分と荒れてはいるが、視界に入る部分だけでもいろいろな思い出が詰まっている。
記憶の棚から丁寧に一つずつ取り出して眺めているだけで、詩帆の心は酷く温かくなった。
夢と同じ場面を思い返していたとき詩帆には、ふと、気にかかることがあった。
彼らは、あのトロフィーを掘りだしたのだろうか。ということ。
小学六年生の少年にはまだ重く、けれど安物であったトロフィー。
きらきらとした表情の彼らを鮮明に映しこめるほどの艶を放ち、透き通った空色をしていたそれ。
彼らがそれをタイムカプセルとして埋めたことを、詩帆は少し後に教えられた。
詩帆にとって、仲間外れにされたようで切なくなったが、内緒話をするように教えてくれたその姿は、とても嬉しそうだったと彼女は記憶している。
真琴が詩帆の耳元で、密かに「凛が言い出したんだ。」と教えてくれて。
彼女はその時確かに、いいな、とおもったのだ。
女である自分が入り込めない、確かな信頼が彼女には見えた。
己が見えないものを彼らは共有しているのだと。
切なげにすいと目を細めた詩帆は、その場を後にしようとする。
その時、彼女の耳に、確認するような響きで名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
「詩帆・・・か?」
思わず、といった様子で彼女は振り向いた。
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