□それはまるで、 第一部
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マスルール幼少








あたたかなばしょ。











ここシンドリアでは珍しく、暑くも寒くもない快適な温度。

それの御陰か、このシンドリアの王宮もどこかのんびりとした雰囲気を漂わせていた。


今日の分の執務といろいろと手伝って回った女官達の仕事に区切りがつき、ふと石造りの柱に身を預けながら澄んだ空を眺めるレイラ。

随分とこの国も安定した物だと、どこか安堵のような物を心に滲ませながら息を吐いた。

ぼんやりと顔を上げていたレイラの背に、トン、という優しい衝撃が伝わった。

いや、衝撃とも呼べないほどの力であったのだが。

レイラの目線が空から背後に、伺うように移った。



視界に入ったのは、海に沈む夕日のようでいて、どこか違うような色を持つ、赤だった。


「マスルール君・・・どうか、したのですか?」


暖かく、あまやかな・・・そして、マスルールが愛おしくて仕方がないと言ったような声色が、彼の耳に馴染むように届く。



マスルールは、その声が好きだった。剣奴をしていた頃には、一生聴くことが出来ないであろうと思っていた、優しいこえ。

マスルールにはレイラが寂しそうに空を眺めているように見えて、それが、嫌で。

そんな顔をしてほしくなくて。

だから抱きついたのだけれど、レイラにはもちろん分からないわけだった。

それに加え、マスルールは元から口数が多い方ではない、子供らしくない子供であった。

レイラに聞かれた事にも答えず、ただ時々、するりと頭をレイラの背中に擦りつけるだけ。

しばらくそのままにしておいたレイラだったが、さすがにこのままと言うわけにもいかず、己の腹部できゅうと組まれていた子供らしい手に優しく触れ、解いた。

くるりと彼の方を向けば、微かに肩をふるわせ、あまり変わらない表情をこれまた微かに泣きそうな顔にゆがめていた。


少し驚いてから、レイラはマスルールの手を取り、視線を合わせるように背を屈めた。



「マスルール君。お昼寝しましょうか。」

春の木漏れ日を思わせる微笑みを浮かべ、それにマスルールが返事を返す間もなく彼の足取りはレイラに合わせて進み出すのだった。






_ _ _ _ _ _ ・・・







程なくしてたどり着いた彼女の部屋は、質素で、綺麗に片付いた彼女らしい部屋だった。

マスルールは表情に出さないながら、とまどっていた。何故、急に昼寝なのかが分からなかったから。

どうしたらいいか分からない様子が彼女にはお見通しなのか、自然な動作でベッドまで導かれた。


はっきり言って訳も分からぬままにマスルールはレイラと共にベッドに沈む。

そして、マスルールを安心させるように己の胸に抱き寄せた。

レイラには、マスルールが何を言いたかったのか分からなかった。けれど。

彼が。弱くて、それでいて強い彼が不安がっていることだけは理解できたのだ。

だから、ただただ安心させてあげたくて。家族のぬくもりを知らない彼を、包んであげたかったから。

君は一人じゃないよって。



私は君のそばにいるよ。


そう、伝えたかったから。


ゆっくりと、レイラは声を紡いだ。

「大丈夫。ちゃんと、いるから。

私はここにいるから。」

大丈夫。もう一度そう言って、マスルールの小さな背中をさすった。




マスルールは、はっと気付いた。

自分が寂しかったのは、彼女がどこかへ行ってしまいそうな気がしたからなのだと。

彼のそれは、心に水のような柔らかさをもってじんわりとしみこんだ。

彼女の言葉に安心して、癒されて。

彼女の住まう空間に漂う、彼女自身の優しい香りに包まれて。


そして、彼は優しい夢を見るために目を閉じた。

きっと、目が覚めても一番最初に目に入り、此所に、彼の隣にいてくれるのだと。

静かにマスルールは理解していたのだった。








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