BOOK_Herrin×Diener
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02・お嬢様のお召し替え
転入生というものは、まず何処に行くにも道に迷う。
新しい家のトイレに行く時ですら、前の家の記憶とごっちゃになって戸惑う。
「いろは、壁の前に突っ立って何してるの?」
「お母さん、トイレがどっかに行っちゃった……」
「馬鹿ねぇ、トイレならこっちにお引越ししました」
見慣れぬドアを指差して言う母にクスクス笑われながら、新しいトイレのドアを開ける。
前の家のトイレは普通だったのに、今度はウォシュレットだの何だのが付いていて豪勢だ。
色んなボタンがあるけれど、使いこなせる気がしない。
トイレから出て洗面所で手を洗っていると、家のインターホンが鳴り、キッチンから母の間延びした声が聞こえてきた。
「いろはー!勘右衛門くんが来てるわよー!」
「!」
私は洗い終わった手を慌てて拭き、リビングに置いておいたランドセルを背負いながら玄関に走った。
「いろは、そっちはお父さんとお母さんの寝室でしょ。玄関はあっち」
「あ、はい。行ってきます!」
「ふふ、行ってらっしゃい」
今日は記念すべき転入二日目だ。
特に約束したわけではなかったんだけど、まさか勘ちゃんが来てくれるとは思わなかった。
家がお隣だし、まだ道のりがあやふやな学校まで一緒に行ってくれるのだろう。
履いた靴の先をトントンと揃えてドアを開けると、そこには勘ちゃんの顔……ではなく、黒いランドセルがあった。
勘ちゃんは玄関の前に蹲っていたのだ。
「勘ちゃん?」
不思議に思って首を傾げると、勘ちゃんは顔を上げ、私を見上げてにっこり笑った。
「えへへ、これ下僕っぽくない?」
「え?」
勘ちゃんは膝を片方だけ立てて、肩腕を胸の前に添えていた。
確かに、王様の前に跪く従者なんかと言ったら、こんな恰好をしているような気がする。
「勘ちゃん、家の前でずっとそれで待ってたの……?」
「うん!開いたドアに頭をぶつけないように、ちゃんと測って待ってたんだ」
用意周到なことだ。
勘ちゃんはすっくと立ち上がると、私に片手を差し伸べた。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
「!」
おじょうさま、って。
私は伸ばしかけた手を思わず引っ込めた。
勿論だが、男子にこんなことを言われるのは初めてだ。
「勘ちゃん、その呼び方……」
「ん?どうしたの、お嬢様」
「や、やめてそれ!やめて!」
「なんで?」
「ちゃんといろはちゃんって呼んで!」
「!わかった、いろはちゃんね!」
しまった、また命令してしまった。
「待って、今のは命令じゃなくて……」
「そう?だったらいいじゃん」
どうすればいいのか。
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