恋愛狂騒
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「な……え、…っ!」
唖然とした自分を叱咤して、慌てて太子の口元に手をやる。
そして早鐘のように鳴る胸をもう片方の手でギュッと押さえつけて息を殺して待っていると。
すー、
すー、
と、非常に緩やかな速度の静かな呼吸が妹子の震える掌にぶつかった。
「……っ!!」
――生きて、いる…?
妹子が何も言えないでいるまま太子の顔を見つめていると、後ろに異質な気配を感じた。
「目が覚めたのか」
「!?」
気配に気付くと同時にかけられた声に振り向くと、そこには太子の友人だという、フィッシュ竹中が立っていた。
「あ……貴方、は…」
確か、彼とは女の死体を埋めに行った時以来だ。
女を殺害したことを太子に言われたくなくて、酷いことをしてしまったのを覚えている。
思い出してしまったことを竹中も悟ったのか、彼は小さく咳払いをすると手を前に出した。
「私だって太子にあんなことは知られたくないから、いいよ」
「あ……その…」
「怒ってはいない。ただ、悲しくはあったけども」
竹中は太子のそばまで来て腰を下ろし、その白い額に手を当てる。
「熱が下がっている。イナフは、体に異常はないか」
「え…えっと、平気です」
竹中は小さく頷いて太子の額から手を退けた。
「事情を説明しよう。血の匂いがしたから辿って行ったら君たちが倒れていた。死んだかと思ったが…奇跡的に二人とも生きていたから介抱した」
「太子は…やっぱり生きてるんですか…!」
「なんで生きてるのか不思議だったが、まあ彼も私の友人だからな、常識が通用しない」
「は、はあ……」
自分でそこまで言うのかとも思ったが、確かに太子にも竹中にも常識は通用しないと思う。
「………悔いているか、イナフ」
「え?」
徐に飛び出した質問に、妹子は顔を上げた。
無表情の竹中を見つめると、竹中はすぐに思い直したように頭を振って息を吐いた。
「すまない、愚問だったな。そんなことは、君達を助ける時から分かっていた。…イナフ」
「はい」
竹中は静かな声で話した。
「太子は、まだ色々と知らないことが多い。今回のことも、そのせいだ。イナフばかりがどうしようもないのかと思っていたが、実は何よりも、太子自身が一番狂ってしまっていた」
「………」
妹子は黙って聞きながら思い出していた。
微笑みながら妹子に剣を向け、妹子を殺せば愛が永遠になるのだと言っていた太子を。
「けれどイナフ、君も過ちを犯していた。難しいことかも知れないが…つまり私が言いたいのは――」
「太子が目を覚ましたら」
妹子は竹中の声を遮った。
太子をじっと見つめながら、妹子は誓うように話した。
「今度こそは間違えてしまわないように…。僕は僕が思う本当の愛情を、太子に捧げるつもりです」
もう狂気に支配されたくない。
また彼を傷付けてしまうのが怖い。
シーツを握り締める妹子の頭に、竹中の手がポンと乗った。
「竹中、さん?」
竹中は小さく笑っていた。
「大丈夫だよ。これからは、イナフと太子、二人で互いに支え合って生きてくれ」
――分かってくれ、妹子…!私はこれまで何度も彼の泣き顔を見てきた、何度も支えてきた!しかしもう、傷付く太子を見たくない…!!
竹中を無理矢理組み敷いたときに竹中が必死で訴えていた言葉を思い出す。
妹子は目を閉じ、そしてすぐに開いて竹中を見据えると頷いた。
「もう絶対に、太子を傷付けたりしませんから……」
もう二度とあんなことはない。
今度こそは、そう誓うことができた。
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