恋愛狂騒
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「僕を愛してくれないなら、その命さえも…。僕は幻なんて見ませんけど、でも貴方の体がそこにあるならそれでいいんです。僕以外の誰にも触れさせない…ねえ、太子、愛してます…」
一度は乾いた太子の目からまた、涙が零れていた。
こうして太子を見つめているだけで、どうしようもなく愛しかった。
…他の誰か?
関係ない。
太子が他の誰を見ても、関係ない、妹子はただただ太子を愛しているだけだった。
「太子…太子、好きです……ずっと、貴方のこと…」
ただ静かに、穏やかに愛していたかった。
なのにどうしてこんなにおかしくなってしまったのだろう?
太子の奇怪な力のせいだろうか?
それとも妹子自身の心が大きく狂ってしまったのか。
「ねえ太子……殺したいぐらい、愛してます」
――ザクッ!!
ついに振り下ろされた剣。
その刃は太子の胴に突き刺さっていた。
それを突き刺した張本人であるはずの妹子は………
「…た、い……し…?」
剣の柄を掴む両手を震わせ、動揺しきった目で彼を見つめていた。
全ては太子の手が、自らその胸に誘うように剣の刃を掴んでいたからだ。
太子は鮮烈な痛みに耐えるように眉根を寄せて呻いていたが、やがて妹子を見上げると小さく微笑んだ。
「た、太子…?今、自分から…」
確かに妹子は剣を振り下ろした。
けれど太子は更に、自分からもその刃を受け入れたのだ。
「ずっ、と…」
太子の喉から、空気と共に声が吐き出された。
血に濡れた大きな手が妹子の頬を撫でる。
太子はあまりにも優しい眼差しで妹子を見つめていた。
「ずっと、…な……こうされ、たかった、かも…」
太子が苦笑する。
「結局、愛…され、ぱなし…だっ、たな……ごめん…」
「!?」
――違う。
妹子の頭がズキンと痛んだ。
「ち、ちがう…」
妹子はフルフルと頭を振った。
「違います…こんなの、愛じゃ、ない……僕が太子に捧げたかった、愛は…こんなものなんかじゃ、ないんです…!!」
妹子は太子の胸に突き刺さった剣を抜けないまま、荒い呼吸で喘ぐ太子に縋り付いた。
「違うんです太子!!ごめんなさい…こんなのは、こんなのは…ッ!本当じゃない…!!」
「なんで…?妹子、…こんなに…うッ!……愛し…て…くれてる、のに…」
ごぼ、と太子の口から血が溢れ、妹子は顔面を蒼白にする。
「僕が狂ってたんです…僕が間違ってた…!太子、ごめんなさい…ごめんなさい!!」
謝っても到底許されないことをしたのは分かっている。
しかし太子は、血塗れの手で妹子の髪を撫でて笑うのだ。
「狂ってるのは…多分、私じゃないかな…?ごめんな妹子、私は…ほんとの、愛なん、か、分からないから…」
ああ、今までずっと。
愛していた。
心の底から愛していた。
けれど今ほど強く貴方を愛おしく思ったことはない。
妹子の頭を撫でていた太子の手に少し力が入って、妹子は太子に引き寄せられて短い口付けをした。
「妹子…何があっても、私はお前を、愛してるから。私も…お前を殺したっていいほど愛してたし、殺されたって、構わない…って…思ってた…」
「や……いや、太子ッ…僕は、」
「なあ、妹子」
太子の優しい声が妹子を支配した。
優しい笑顔、澄んだ瞳。
妹子は今までで一番優しい太子の表情を見た。
「殺されたいほど、愛してるぞ……」
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