恋愛狂騒
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太子はおかしくなってしまったんだ、僕と同じように。
愛を知らない太子は、僕を殺して、僕の幻をつくって、永遠にするんだって。
そして今、僕に剣を向けている。
僕の視界は、何もかもがクラッシュしてしまうようにチカリと明滅した。
29・揺籃
ガキンッ!!
「っ!?」
妹子は、自分でも信じられないほどの素早さで太子の手の剣を弾き飛ばしていた。
剣が床に落ちたそのすぐそばで太子の身体を突き飛ばし、仰向けに倒れ込んだ肢体の上に跨るとその首を迷うことなく両手で絞めつけた。
「この…ッどうしようもない馬鹿が!!僕を殺して永遠にする?ふざけるのも大概にしろ…!!」
妹子は喉が擦り切れるかというほどの大声で怒鳴っていた。
「ぐ……も、こ…ッ!」
「僕を殺して貴方は勝手に見てる幻と仲良しこよしですか?冗談じゃねえ!!」
許さない、許せない。
妹子は無意識のうちに両手にギリギリと力を込めていった。
「たとえそれがね…ッ、自分の幻だったとしても!太子に近付く僕自身以外は何者も許せないんですよ!勝手に幻を作り出して僕を蚊帳の外になんかしないで下さい!!」
知らず知らずのうちに涙が溢れて、息苦しさに顔を歪める太子がぼやけていった。
「僕の幻なんて見ないで下さい、僕だけを愛して下さいよ…!ねえ、太子…!」
「か…は、ァ……!!」
頭に血が上って何も考えられなくなる。
妹子は太子の首から手を離し、そこに落ちている剣を手に取ると、大きく咳き込んでいる太子の喉にそれを突き付けた。
「…ねえ、太子」
太子の目が妹子を見据える。
それだけで胸が焦げるように熱くなる。
熱くなればなるほど同時に、想いが通じないことへの怒りも燃え上がる。
「どうすればちゃんと僕だけを愛してくれるようになります…?ねえ、僕の幻に触れようとする指を切ればいいですか?抱きしめる腕を、歩み寄る足を、温もりをくれる胴体を八つ裂きにすればいいんですか…!?」
「ごほッ!妹、子…」
ああ、悔しい。
僕はこんなに貴方のことが好きなのに。
僕は貴方が愛してくれるのならそれだけで何だって良かった。
あの役人達も、蘇我馬子も、あんなにしてまで殺してくれることなんてなかった。
この部屋に閉じ込めることも、僕を殺す必要も何もなかったのに。
「もう、誰にも貴方を渡したくないんです…!僕を見てくれない眼も要らない…僕を呼んでくれない喉や口も、僕の声を聞いてくれない耳も、僕を愛してくれないのなら何も要りませんよね!?」
悲しすぎて唇の端が吊り上がった。
妹子は泣きながら笑っていた。
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