恋愛狂騒
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「た…太子…?」
「妹子…怖い思いさせて、ごめん…今までずっと、怖かっただろ?」
太子は泣いていた。
傷付いた片腕で妹子を抱きしめ、無理に微笑みながら泣いていた。
妹子は瞬きも忘れてそれを見た。
「でももう、大丈夫だよ…妹子がどうなっても、私は妹子をずっと愛してるからな…」
妹子は何も答えられなかった。
太子は妹子の身体を片腕で抱きしめながら、もう片方の腕に握った血塗れの剣を、天井に掲げていた。
その切っ先は他の誰でもない、妹子を見ていたのだ。
妹子はその剣の先端から目を離せないまま、やっと声を絞り出した。
「太子…?その、剣で」
「ああ…みんな、殺しちゃったんだ」
太子は微笑みを絶やさないまま、妹子の額に唇を落とす。
「だってさ、馬子さん達が私の大事な妹子を殺そうだなんて言うんだぞ?寛大なこの私でも、流石にそれは黙ってられないから、殺しちゃった。なるべく痛くないように、パパッと殺してやったつもりだけど…もしかしたら私、怒りすぎて我を忘れて酷いやり方とかしたかも」
床の上には死体が散らばっていた。
妹子が目を瞑っていた時間はそんなに長くないと思うのに、どれだけ迅速にやったのかと呆れるほど死体は無残にバラバラだ。
「なあ妹子」
その声に、妹子は死体から太子に視線を戻した。
「今まで私、どんな女の子と結婚することになってもみんなおかしくなっちゃったから、本当の恋とか愛とかって、よく分からなかったんだよ。だから、もう望まないことにした。でもそこに現れたのがお前で…私、妹子と会って、やっと分かった気がしたんだ」
――太子、好きです
――太子は ちゃーんと僕のそばにしまっておかなきゃ駄目でしょう?
――僕の血の味…太子に知ってほしいです。きっと血の味からも僕の想いが伝わると思います
――もっとです。もっと僕を愛して下さいよ…
「全部見てたし、全部聞いてた。妹子が私を愛してくれる…お前は今までの誰とも全然違う。妹子のそれこそが愛だと思ったんだよ。お前の気持ち、痛いほど伝わったから…」
だから。
「今度は私が愛してやる番だから、妹子」
この剣で。
「誰かに邪魔される前に、妹子を全部私のものにしたいんだよ。お前を殺したらずっと一緒にいてくれるだろ?」
「え…?」
――今回は、早かったな……死んだ次の晩には出てきたんだ、『所詮貴方様は一人なのです』とか、そんな事を言って…
――…太子、それはまやかしだよ。君が自分を責めるあまり、彼女らの幻を見ているんだ…
――今朝もなんだ…馬子さんにまた酷いことを言われた後に、最後から三番目に死んだ人が出てきて、私に望みなんかないんだって…私が誰かと幸せになれることなんてないんだって……
「今までもそうだった。殺した後もみんなずっと私のそばにいたから、妹子もそんなふうに私と一緒にいてくれるんだろ?妹子の体は彼女らのとこには埋めないからな。ずっと私のそばに置いて、いくらでも愛してやるし、歌だって歌ってやるから」
ああ、歪んだんだ。
妹子はそう理解した。
狂った女達の死を目の当たりにし、愛を求め、そして諦め、ついに妹子と出会った太子は、こんな形になってしまった。
「私もずっと怖かったんだよ、妹子…。おかしくなってくお前を見て、私達はいつ終わってしまうのかって、考えるとすごく怖かった…。だから全部終わってしまう前に、永遠にしよう。妹子…」
どこまでも穏やかな声に、妹子はそっと瞬きをした。
…殺される。
何よりも、誰よりも一番愛した彼がその腕で殺すと言う。
ただ彼のそばにいられるだけで、それだけで良かったのに。
ここで自分は終わってしまうのだ。
(僕を殺せば、永遠?死んだ僕がずっと太子のそばにいられると、そう思ってるんですか?)
違う。
竹中も言っていたんじゃないか、太子が死んだ女達を見てしまうのは、罪悪感から幻を作り出してしまうせいだと。
だったら妹子が死ねば、太子はその達成感か何かから作りだした妹子の幻を愛し、それを永遠の愛と呼ぶのだ。
(太子………それは、)
なんという、笑い話。
*了*