恋愛狂騒

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「………馬子さん、いくら私でもこんなことされると怒っちゃいますよ?」


由緒正しき身分である己だけがもつことを許されている剣を手に、太子は役人達の向こうに立つ馬子を睨んだ。


「力の影響で狂っちゃうだけなのを分かっていながら、それでも往生際悪くどんどん女の子連れてきたりするのだって我慢してたけど、こればっかりは許せないですよ?」

「…太子、その化け物を庇う気かね?」


見たとおりだった。

もしやと思って剣を持ち、妹子のいるこの建物まで走ってきてみれば、やはり馬子は部下たちを連れてこの処刑部屋にやってきていた。

忌わしい記憶しかないこの部屋だが、妹子のためを思って彼をここに閉じ込めたのに、馬子はそれをいいことに妹子すらも処刑してしまおうと考えているのだ。

太子は勿論それを許せるはずもなく、役人達の得物を全て払いのけて妹子の前に立っていた。

避けきれなかった得物が少し刺さったりしたことはこの際気にしない。

妹子がその傷や、これから起こることを見てしまわなければ問題はないのだ。


(…うん、少し狂っちゃったけど、これくらいならまだ私でも対処できる、私って天才だな)


太子は一人で小さく笑うと、剣を馬子に向けて宣戦布告をした。


「妹子が化け物ですか?貴方が何を言っても、もう私には関係ない。妹子を護るだけですから…もしも馬子さんが妹子に何かするなら、私が意地でも止めてやる」

「太子…お前という、男は」


馬子は太子を見据えて、次第にその表情を困惑に染めていった。


「まさかお前は…太子、」

「妹子がずっと目を瞑って耳も塞いでるんです。アホの妹子が寝ちゃう前に全部片付けさせて下さいね」


太子はアハハと呑気に笑った。

そして剣を一際強く握り、そこにいた誰もが見たことのないような、また違う笑顔を見せたのだった。



馬子や他の役人達は、どうやら最期に真実を見ることが出来たらしかった。





28・永遠





ひたすら真っ暗な闇の中に意識を集中させていると、不思議と何も聞こえなかった。

妹子は太子に言われた通りに、ずっと全てを遮断していた。

太子と馬子と役人達が何を話し、何をしているのか全く分からない。

しかしこれは、太子に命じられたことだから。


そして、どれほどの時間が経ったのかも分からないが、そのうち、ふと耳に太子の声が聞こえてきた。

耳を塞ぐ妹子の手を通り抜ける真っ直ぐな声。

それは歌声だった。

聴いたことがある……太子が依然、大きな石の前で――女達の墓の前で歌っていた、あの歌だ。


「かーらーす、何故なくの…からすはやーまーにー…」


かわいい七つの子があるからよ


「かーわいい…かーわいいと、かーらーすーはーなーくーのー…」


かわいい、かわいいと


「泣くんだよ…」


ぽつ、と、耳を塞ぐ妹子の手に水滴が落ちてきた。


「太子…?」


妹子は恐る恐る口を開いた。


「目を開けてもいいですか?そっちも見ても、いいですか…?」

「妹子…」


ゆっくりと手を離し、閉じていた目をあける。

俯いていた自分の眼は、己の赤ジャージの足と、太子の青ジャージの足をとらえた。


ぽつ。


二人の間の床に、また雫が落ちる。


「太子――」


これは一体何なのか。

ついに首を巡らせて顔を上げた妹子は、そこにある光景に言葉を失った。


「……ぇ…?」


床に散らばった、役人達の体。

どれが誰だか分からない。

辺りに、血が蔓延っている。


「…!?」


そして太子自身も少なからず傷付いていたが、妹子はそれを憂いてやることができないでいた。



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