恋愛狂騒
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どんな奇怪な力も関係ないんだ。
お前だけは私が心から愛した人だから、
ああ、あいしたい。
貴方を見ているだけで、声を聴いているだけで。
そばにいるだけで、僕はこんなにも幸せになれるんです。
ああ、あいされたい。
愛して愛されたいだけ。
たったそれだけの、至極簡単なことなのに。
ねえ、からす。
――何故なくの?
26・監獄
ここのところ、朝廷には不穏な空気が流れていた。
聖徳太子と蘇我馬子の負傷。
役人達は、この二人の負傷の原因を求めて根も葉もない噂話を繰り広げつつ、朝廷の代表格とも言える二人が抜けてしまった穴(特に馬子の部分)を埋めるための激務に耐え忍んでいた。
そんな中、妹子はと言えば、この忙しい時期にあっても仕事に手を付けられないでいた。
冠位五位というそれなりの位置にいるにも関わらず、彼は朝廷の奥まった建物の一室に引き籠っていた。
何故かと言えば、実はそれは、他でもない、太子本人が妹子にそうしているように命令したからだった。
その部屋で過ごし、外には決して出ないようにと太子は命じた。
そんな事情から、妹子がその部屋に籠る初日。
「太子…この部屋は?」
太子が妹子の手を引いて一つの建物に案内すると、妹子はその佇まいを眺めてから不安そうに太子の手をくんと引いた。
「なんかここ、嫌な匂いがします…」
「なっ、ここは別に法隆ぢじゃないんだから匂いとかしないだろ!」
「いやアレも嫌な臭いはしましたけど!」
妹子は息を吐くと、鼻に手をやって顔を顰めた。
「もっと違う匂いがします」
「まあ…なるべく私も、こんなとこ来たくなかったんだけどな。ここって朝廷の端っこだし、なーんか寂しいもんなぁ」
「立地条件はどうでもいいです」
しれっと答える妹子に太子は「ムキーッ!」と唇を噛んだが、溜息を吐いて頭を振ると、その建物を見上げた。
「妹子、ここに入りんしゃい。トイレも風呂も布団もあるから、ここ」
「…どういう意味ですか?」
妹子が怪訝な顔をして太子を見上げると、太子は建物から妹子に視線を移して笑った。
「うん、ここで暮せってこと」
「…はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げる妹子に、太子も「うんうん、その反応は予想してたぞ」と頷く。
「く、暮せって……ていうか僕、早く仕事に行かなきゃならないんです、けど」
動揺していた妹子は、太子がこちらをじっと見ていることに気付き…その目を見ているうちに、どうしてか声が出なくなってしまっていた。
「あの…太子、僕…」
「ごめんな、妹子。ちょっと…ここにいて?ご飯もちゃんと持ってくるし、私も会いに行くから」
諭すような太子の声に心がざわざわと不安を訴える。
妹子はフルフルと頭を振って、太子と繋いだままの手を決して離すまいと両手で握り締めた。
「いや…です。太子、僕じゃ貴方のお役に立てないって言うんですか?貴方のために働くことを…っ」
「いいんだ、妹子。お前の仕事はここにいることだからな」
妹子を建物の中へと促そうとする太子に、妹子は必死でいやいやをした。
言いようのない不安が妹子を責め立てていた。
「ここは…嫌です、入りたくなんかない…!お願いです太子!入りたくない!!」
「妹子…!」
太子よりも強い力で妹子が抵抗をすると、太子は焦ったように眉を下げた。
そして必死に妹子を引き寄せると、出来るだけ妹子の耳の近くで、
「いい子だろ?」
そう、短く囁いた。
その言葉――否、声を聞いた途端、妹子は引き攣ったように体が動かなくなるのを感じた。
太子の声が、脳内で何重にも響いた。
妹子は抵抗をやめ、太子の手を握って目を閉じた。
すう、と息を吐き、冷静な自分を呼び出すように息を吐く。
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