恋愛狂騒

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「かーらーす、何故なくの…からすはやーまーに…」


ようやく天気が回復した夜、太子が湯浴みに行っている間、妹子は太子の寝室で布団を整えていた。

太子が小刀で誤って手を傷付けたために、布団が血に汚れているのだ。

小さな声で歌いながら血塗れのシーツを取り、掲げてみる。


「………太子の、血」


乾いて変色してしまったそこを見つめていると、何故だか顔がにやけてくるのが分かった。

ほうっと胸が温かくなり、思わずそこに頬を寄せる。


「…太子…」


彼の匂いがする。

嗚呼、心が満たされる。


「このシーツ…どうせもう使わないし、僕が貰ってもいいかな……」


呟いてみると少し恥ずかしくなって、妹子は「うわー僕ったらなんてことを!」とシーツをブンブン振り回した。


「こんな、恋する乙女みたいに!ば、馬鹿だ、恥ずかしい…!」


顔が熱くて仕方ないのを、妹子は冷たいシーツに顔を埋めることでどうにか抑えようとした。

けれどシーツからは相変わらず太子の匂いがしていて、逆にどうにも落ち着かない。

太子の声や匂い、温度を思い出して熱のこもった息を吐く。


「…太子……好き、です…」


赤い染みにそっと口付けて、興奮を抑えきれないまま舌を這わせてみる。


「ふ…ぅん……っ」


シーツが濡れてくると、クチュ、といやらしい音がした。


「は…ん…太子…っ」


彼の部屋で、彼の匂いに包まれて、彼のシーツを抱きしめて血の跡を舐めているだけ。

なのにどうしてこんなに興奮するんだろう。


茶色っぽく変色していた染みが潤いを取り戻して赤に近付いていくほどにどうしようもなく満たされる。

シーツを吸い上げると独特の鉄の味さえ分かる気がした。


「ふふ…っ、太子…太子……」


たまらない。


「おいしいです…太子の、味……」


もう周りが見えない。

瞬きをする度に瞼の裏に映るのは、太子が自分だけを見つめて微笑む姿。

赤く染まったシーツの上、あの温かい肌から滴る血を啜って、身体を交えて、彼の白い体液すらいくらでも受け入れて…ああ、いっそ自分の味だって彼に知ってもらおう。

頬でも、耳でも、首でも腕でも、何処でもいい。

その爪で切り裂いて、血でも肉でも、貴方を想う僕のカラダの味を堪能して下さいよ。


一頻りシーツの血を舐めると、妹子はそれをギュッと抱きしめて目を閉じた。


ああ、好きだ。


「太子………」


こんな事を考える自分はおかしいだろうかと、ふと考える。

昔の自分なら、そんな狂った愛は本の中だけでやってくれと言うだろう。

何処かの酔狂な物書きが書いた歪んだ物語を、この世の読書家の中の一部の、在り来たりな日常に飽き飽きした夢見がちな変わり者なんかが読んでひっそり評価してるぐらい。

自分には何の関係もないと言って遠ざけて、機械的に起きては働き、寝る毎日を続けていたのだろう。

それを変えたのが太子で、そして今の自分がここにある。

空想ばかりを書き綴った文字の羅列とは桁違いの、胸が火傷してしまいそうになるほど熱い恋情。

愛しくて、慕わしくて、彼と自分を隔てるもの――己の皮や肉や骨すら憎らしくなってしまうほど彼と一つになりたいと願う。



妹子はシーツを抱えてゆっくりと立ち上がると、それを丁寧に折り畳んだ。

残りの布団も畳んで一纏めにして抱える。


「…太子が戻ってくるまでに、新しいのを用意しておかないとな」


無神経な太子は布団を取り替えたぐらいじゃいちいち褒めてはくれないだろうが、自分が用意した布団で太子が眠ってくれるだけでこちらとしては身悶えるほどの喜びであって。

妹子は上機嫌にフフンと笑うと布団を持ち出し、寝具の準備を整えるのだった。










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