恋愛狂騒

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酷くじめじめしている。

ざわざわと草木を騒がせて肌に届く風が温くて、心地が悪かった。


太子は顔を潜め、外に面した廊下をヨタヨタと歩く。

痛みを紛らわすように強く押さえ込んだ手から血が滴ると、滴は湿った床板にジワリと染み込んで広がった。

意識が遠のいていく。

元々体力に自信のない太子にとって、これほどの流血はつらかった。

廊下を誰も通りかからず、存在に気付いてもらえない。

女官でも通りかかれば、どうにかしてもらえるものを。


そこまで考えて、太子はついに温い床板に崩れ落ちた。


「っは……はぁ………!」


傷口が熱い。

息が上がってどうしようもない。

どうやら自分の意識は一度落ちるらしい。


(…仕方ない。気が付いたらもう一回…医務室を目指せばいいか…)


誰もいないのでそうするしかない。

あまりのつらさに一度小さく笑って、目を閉じた。


するとすぐに、頬にぽたっと何かが落ちた。

雨だろうか?

そう考えたが、雨が降ったとしても屋根のあるこの廊下にまで入り込んでくるほどの風は吹いていない。

雨漏りか何かだろうかと思って頬を擦った太子の耳に、低くて柔らかい声が降った。


「こんな所で昼寝かい、太子」

「!……竹中さんかぁ…」


驚いたが、起き上がる気力もないことを思い出した太子は仕方なく笑った。


「最近よく来るなぁ…そんなに何回も陸に来て大丈夫なの?」

「今日は湿気が多いので助かるんだ」


太子が薄く目を開けると、微笑む彼の尾は確かに濡れて輝いていた。


「それよりも、何処に行けば太子は助かるのかな」

「あー…人呼んできてくれる?」

「太子を運ばせてもらう。その方が早くはないか?」

「えっ」


更に言葉を続けるよりも先に太子の身体が浮いた。

ようやくちゃんと目を開くと、やはり竹中は太子を抱き上げていた。


「うわー…この歳で抱っこされると思わんかったチクショー…!」

「私から見れば、太子はいつまでも子供だよ」


貧血のせいで抵抗できず、苦い顔をするしかない太子に竹中が微笑む。

しかし柔らかい保護者の笑みは、次第に固い、険しい顔になった。


「…太子、その怪我はイナフか」


鋭い声で訊くその怖い顔も、それでも尚、親の顔。

太子はそれを眺めると、血の止まらない手を握りしめて目を閉じた。


「――医務室は、あっちだ」

「……………」


竹中は一度目を伏せた後、歩き出した。





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