恋愛狂騒

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真っ赤な血が染み込んだ布団の上に、真っ赤なジャージを着た青年が背中を丸くして俯き、座り込んでいた。

妹子は愛しい人の血の染みをじっと見つめて、少し唇を噛む。


「……太子は僕を愛してないんだ。だから…どこかに行ってしまった」


一拍置いた後、妹子は急にハッと目を覚ましたように両目を見開いて、頭を激しく左右に振る。


「違う!僕を愛してるって…太子は言ってたじゃないか…!…太子は」


誰かを説得するようだった声は、そのうち次第に喜びに酔ってきて、


「太子は僕を愛してくれてる…ずっと僕のそばにいてくれる」


思い出す。

太子がどんなに沢山笑顔をくれたかを。

太子はこの“小野妹子”の身体を抱きしめて、愛してると囁いたのだ。

それも、何度も。


空気に晒された自らの肩を知らず知らず抱きしめて追想に耽っていた妹子は、ふとその夢から目覚めると、急に眉根を寄せて肩に爪を立てた。


「そんな太子を…みんな虐めるから…ッ!だから僕が、護ってあげなくちゃ…」


爪の痕が強く残った肩を、今度はそっと撫でる。

夢を見ているような、穏やかな声になる。


「太子は僕を救ってくれた大切な人だから…。今の僕がここにいるのは、全部太子のおかげ…」


そこまで言ったところで、妹子は伸ばした指でそろりと肩を包み、ギュッと力を籠めた。

妹子の顔面は蒼白になり、じわりと汗まで滲み出ている。

身体を寒気のような恐怖が襲い、小さく震えだしたのだ。


「嫌われてしまった……太子、あんなに怯えて…怒って…!僕は…なんて事…っ!」


ガタガタと震える身体のせいで、呼吸も上手く出来ない。

口の中や喉のあちこちに吸気と呼気がぶつかって、はくはくと喘ぐ音がした。


寒気から我が身を護るように、ぎゅうぅっと丸くなる。

嵐が止むのを待つかの如く、きつく目を閉じると、滲んだ涙がツッと頬を降りていった。

泥のような想いがぐるぐると巡るカオスに苦しみ悶え、救いを求めて絞り出す声は、


「……っ太…子……ッ!」


譫言のようでありながら、切実な想いを乗せて彼の名を呼ぶ。

この苦悶は永遠に終わらないと思った。

そうやってしばらく震えていた妹子は、けれど急に全身の力を抜く。

ずっと息を詰めていた喉が、悪夢から目覚めた後のように呼吸を再開する。

身体に新鮮な空気を取り入れながら ぼおっと布団を見つめた妹子は、顔を顰めて額に手を当てる。


「……疲れた……」


頭が痛い。

少し目を閉じると、このまま眠れそうだということが分かった。


「なんで…こんなに……」


フラフラする。


「少し…休まなきゃ…」


冷たくなった布団に伏せ、ゆっくりと目を閉じる。

沈んでいく意識の元で、妹子はそっと呟いた。


「夢の中では…愛して……ください……」


ささやかな祈りを温かい夢は受け入れてくれる。

妹子は静かな笑みを浮かべて眠りに落ちた。





23・圧迫





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