恋愛狂騒

□22
2ページ/4ページ


太子の身体はビクリと跳ね上がった。


「…どうかしたんですか、太子?」


甘い声で訊いてくる妹子の身体が赤い。

自分が昔に支給した、袖のない赤ジャージ。

その色に吃驚してしまったのだ。


「……かと、思った…」

「え?」

「…血かと…おも…」


呟く太子に妹子は首を振った。


「ただのジャージに驚かないで下さいよ…。そもそも太子が着ろって言ったものでしょう?」


妹子は諭すように穏やかに言ってまた少し笑い、「大丈夫ですよ…」と更に宥めた。

太子は たった一瞬怯んでしまっただけで汗の滲んだ額を、拭おうと右手を上げた――



「……血は、全部落としてきましたから」


「!?」



右手が、上がらない。


「い…妹子」

「心配ありませんよ。全部ちゃんと片付けておきました」


太子が右手を上げようとする度に、ギッ、ギッ、と縄の締まる嫌な音がする。

焦って足を動かそうとしても同じ音。

太子はそこから動けなくなっていた。


「妹子…何だよ、これは…!?」

「お片付けです」


妹子は可愛らしく笑って答えた。

小さな女の子が家事をやってみせて、「えらいでしょ?」なんて言っているみたいな あどけない得意顔だった。


「あの忌まわしい書簡は全て燃やし、馬子様は手当てをするために連れて行ってあげました」


一本ずつ指を立てて数えつつ、人間はあれぐらいじゃ死なないんですねと補足のように付け足した。

どうやら馬子は無事でいるようだ。

しかし、妹子のことを周りに伝えられるほどには落ち着けてはいなかったらしい、無理もないことだ。


「血を落とし、朝服が血塗れだったから着替えて、貴方をここまで運んで…」


その時、太子は目覚めたときから感じていた頭痛のことを思い出した。

妹子に殴られ、意識を沈められたのだ。

ざわざわと騒いで五月蝿い恐怖に血の気が引いていく。


「太子は ちゃーんと僕のそばにしまっておかなきゃ駄目でしょう?」


太子の手首を縛る縄をキュッと軽く引っ張って見せながら、「ほら、お片付けですよね」と小首を傾げる。


「妹子、すぐに縄を解け…!こんな事をしてたら人が来るぞ!」

「大丈夫です。太子は具合が悪いと、きっと馬子様からみんなに伝えてくれてますから心配しないで下さい」


妹子の手が そっと太子の首から頬にかけて這い上がっていく。

耳、髪へと、妹子は本当に丁寧に、心から慈しむように撫でていった。


_
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ