恋愛狂騒

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例えば、僕の父と母が出逢って僕が生まれたことが奇跡なら、

僕はこの恋をそれと同じぐらい素晴らしいことと思うんです。


ひとつ。

またひとつ。


今ここに彼の身体があること。

心があること。

静かに眠る彼の全てを一つずつ大事に想いながら、僕はその数だけそっと唇を落とした。





22・撞着





ひやりとした空気が頬や首筋を掠める。

風雨の微かな音が耳に届く中、身体が柔らかい布に包まれているのに気が付いた。


(……私の、部屋だ)


空気は冷たいが、布団が温かいので ほっとする。


「ッ…」


何故だろう、頭が痛い。

風邪でも引いてしまったのだろうかと訝っていると、額に柔らかい何かが触れた。


「……?」


ちゅ、

ちゅ、


ひとつ、またひとつと、頬に、唇に、花弁が落ちてきたような感覚。

柔らかくて温かい感触に頭痛が和らいで、太子は小さく息を吐いた。

安心する……ずっとこのままで眠っていたい。

そんな安堵の中、ずっと同じ体勢で眠って固まっていた身体で身じろぎした。

すると、くすっと笑う声が小さく聞こえ、太子の身体を二本の腕が抱き締めた。


そこでようやく太子の目が覚める。

目を開いて自分の身体を見下ろすと、そこに妹子が抱きついていた。


「………妹、子?」

「おはようございます、太子」


妹子は楽しそうに にこにこと微笑みながら挨拶をする。


「太子、随分長い間寝てましたね?もう夕方ですよ」


妹子は薄暗い部屋の中、微かな灯りとなっている窓を背にして苦笑した。


「よく眠れましたか?僕、ずっと一人で退屈だったんですから…」


そんな文句とは裏腹に、妹子は嬉しそうに笑っている。


「…妹子…」

「何ですか?」


自分は長い夢を見ていたのだろうか。

長い、長い、崩壊の夢を。

可愛らしく笑う妹子の頬や髪に血は付いていない。

狂気も何処にも感じられない。


「………」


………夢だ。

夢だったんだ。

妹子は狂ってなどいなかった。


「もう…どうしたんですか、太子」


名前だけ呼んで黙らないで下さい、と零した妹子の腰に腕を回して抱き寄せる。

そして幾分はっきりした頭で妹子を見下ろし――



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