恋愛狂騒

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「ど…して…?…どうして、おこるんですか…っ?」

「い、いもこ」


見る見るうちに栗色の二つの眼から涙が零れ落ち、書簡の破片もカランと落ちる。

途端に身体を引き摺って妹子の下から抜け出した馬子が、肩を庇うようによろよろ立ち上がった。

その表情は今も恐怖や動揺に染まっていたが、声だけは鋭く太子を呼んだ。


「太子!!妹子殿に近付いては危険だ…ッ、そいつは気がふれている!!」

「ッ!?今…何て言ったんです!?」


弾かれたように馬子を向いた妹子が、太子の制止を簡単に振り払って立ち上がる。

妹子の恐ろしい腕力に放り出されて壁に背中を打った太子が、慌てて伸ばした腕も歩きだした妹子には届かなかった。


ダン!!


馬子を壁に追い詰めてにじり寄る妹子。

壁に手を突き、足もとの書簡の破片にチラリと一瞥をくれると、右足でそれを踏みつけ、反動で跳ね上がったそれを右手にキャッチした。

馬子の血が残ったその破片を赤い舌を出して舐め、そしてプッと吐き捨てる。

血に濡れた口元を釣り上げて喉元に破片を突きつけた。


「太子を苦しめる諸悪の根源がこれです…。馬子様、責任は取ってくれますよね?」

「妹子ッ!やめろ!!馬子さんにひどいことを――」

「太子は黙ってて下さいよ!!」


いつからだろう、部屋の外の空は陰り、暗雲が立ち込めていた。

ザワザワと心を騒がすような風の音。


妹子は鋭い声で叫ぶと振り返って太子を睨みつけた。

怯んだように首を竦める太子に妹子がニヤリと笑って「いい子です」と呟いた。


「駄目なんだ……太子は僕が護ってあげなきゃ…。僕が護るんです。だからこんな書簡は、あっちゃいけない。こんな書簡を生み出す悪者は、いてはいけない」


ふるふると首を振る。

血に濡れた書簡が馬子の喉をツゥッとなぞり、顎、唇へと上っていく。

妹子がドスの聞いた声で要求した。


「飲んで下さいよ」

「……、は…?」

「聞こえませんか?飲めって、言ってるんですよ?」


この書簡を。

その上の唇と下の唇、白い歯を割り開いて、柔らかい、赤い粘膜で包み込み腹の中へ流せと言っているんです。


年寄りにも聞こえるよう、耳元で囁いてやった。

馬子の背筋が震えあがる。

後ろで聞いていた太子も流石に立ち上がらざるを得なかった。


「やめろ、妹子!!馬子さんを離してやるんだ!!」

「太子は黙ってて下さいって言ったでしょう!?なんで僕の言うことが聞けないんですか!?」


馬子の首筋の後ろの壁を睨みつけたまま妹子が鋭く叫ぶ。

太子は妹子が書簡をいつ馬子の口に押し込むかと思うと、後ろから止めることもできずにただ声を投げるばかりだった。


「言うこと聞けって…ッ、妹子!私は摂政だぞ!!」

「るっせー!摂政なんか知るか!」

「妹子!!や、め、る、ん、だ!!」


一字ずつ切るように訴えかけると、妹子の後姿がブンブンと首を振る。


「嫌っ…!いやです!!」

「いもこ…?」


ついに雨が降り出した。

まるでタイミングを見計らっていたかのように、妹子の声も湿りを帯びた。

誓うように叫ぶ妹子の声。

馬子を押さえ付ける手に力が入りすぎて白くなり、がくがくと震えている。


「太子の命令でも聞けません!これは太子のためなんです!!だからっ…お願いだから、怒らないで…ッ!!」


まるで耐えきれないというように肩を震わせてしゃくり上げて泣く。


「好きです…!好きなんです、貴方を護りたい!!怒らないで、太子…僕を嫌いにならないでェェ…ッ!!」





護りたい。

太子の妨げになるものならそれが何であろうと破壊してみせる。

愛されたい。

太子の悲しむようなことはしたくない、してしまって、嫌われるのが怖い。



身体が震えてどうにもならなかった。

激しい音を立てて降り始めた雨。

限界を感じた太子が足を踏み出して手を差し伸べる。


「妹子――!!」


「ぅあ”あ”ああァぁぁぁァァァッ!!!!」














ザシュッ…!







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