恋愛狂騒

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仕事を終えた夜、こっそりと廊下を渡り、上官廷までやってきた。

途中で行く手を阻もうとした役人達は軽くいなして、時には強行突破にも出て。

太子の部屋の前まで来て、妹子は汚れてもいない朝服をパンパンと叩く。

スーッと長い深呼吸をして、気合いを入れると扉を叩いた。


「太子…僕です。妹子です。太子、いらっしゃいますか…?」


少し待つと、扉を通して声が聞こえてきた。


「妹子…?妹子なのか…!?」


太子だ。

しかし様子がおかしい。

妹子は不安になり、心に黒ずんだ何かが疼くのを感じながら扉が開くのを待った。

体調を崩したわけではなさそうだ。

けれど、それなら何故休みなんか――


「妹子!!」


勢いよく扉が開いたかと思うと、次の瞬間、妹子は太子の腕の中にいた。


「たっ…太子…?」


太子は呆然とする妹子をぎゅうぎゅう力強く抱きしめる。

本当に嬉しそうに、安心したような太子の声が妹子に降り注いだ。


「すっごい久しぶりに会ったような感じがする…。妹子が元気で良かった…っ!」

「……太子、僕は元気ですよ」


内から溢れ出すような幸せを感じながら、妹子は微笑んだ。

――嬉しい。

嬉しい。

太子が僕のことを心配していてくれた…。

こんなに笑顔で僕のことを抱きしめてくれる。


妹子は一先ず安心すると、次に顔を上げて太子を見つめた。


「でも、太子の方こそ大丈夫なんですか?今日は休みだって聞いて…」

「え?…ああ…」


それを訊くと、彼の嬉しそうな顔は急に冷静になって萎れたようになってしまった。

太子はそこの芝の上に座り込むと唇を尖らせる。


「妹子も会っただろ?彼女に…」

「…ええ、会いました」

「来なくなったんだよ。縁談も取り消しって…」


不貞腐れて草を弄りだした太子の隣に妹子も座り込んで顔を覗き込む。


「悲しいですか?」

「っ別に、悲しくなんか」


堪えるような、つらそうな声。

どう見たって悲しんでいるけれど、太子はそれを認めなかった。

…今回ばかりは、太子の強がりを愛しく思う。

素直に「寂しい」などと泣きつかれたら、それこそどんなに腹立たしいことか。


妹子はフッと微笑んで慰めるように言った。


「……きっと、何か事情があるんですよ」


穏やかな口調で、穏やかな所作で、太子の温かい手のひらにあるクローバーを取り上げると緩慢に放り捨てた。

戸惑う太子の手を取り、立ち上がるように誘うと、寝所へと連れ込んで戸を閉めた。


「妹子…?」

「ずっと外にいると風邪を引きますから…。……いいんです、太子。寂しいですよね?」

「なっ!?だからっ、私は別に…!」

「強がらないで下さい、太子」


太子に向き直って その手を両手で包み込む。


「僕はずっと、貴方の味方です……」

「……っ!」


太子の泣きそうな顔。

今にも壊れそうで、脆くて不安定なその素顔。

いつだって、悪ふざけと強がりで隠していましたね?


「妹子……妹子、わたしは…」


痛みを堪えるような、つらそうな顔。

僕の目の前で露呈していく貴方の全て。


「妹子が…いてくれるならそれで……っ」


伸べられる腕。

僕は素直にそれを受け入れる。


「ありがとうございます、太子…。僕は貴方を独りになんかしませんから…、ね?」

「妹子…っ!」


抱き締められる躯。


――嗚呼、なんという、身体が痺れ悶えるほどの快感…!


力強く抱きしめてくる腕の中で、妹子は恍惚に酔った。


僕には太子だけ。

太子には僕だけ…。


あの女を殺して良かった。

太子はこんなにも喜んでいる。


――ああ、なんて幸せ、



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