恋愛狂騒

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優しい夢を見た気がする。

温かい場所。

こんなにゆっくり眠るのは久しぶりで。

きっと貴方の腕の中だからですね。


ずっと、続けば良かったのに。





16・憧憬





忙しさが太子と僕をすぐに引き離してしまった。

僕は包帯を巻きなおした左腕を大切に右腕で抱きながら廊下を歩いた。

洗いたての白い朝服を着て。

今日の朝廷の仕事は昼までで、早々に仕事が終わった役人達の約半数は朝廷に残ってのんびりしていた。


話によると、太子の見合いで上が忙しいからだと言うことらしい。


(太子の……見合い)










「………」

「…太子。いつまでそうやっているんだ。もうじき相手方が来られると言うのに…」


胡座をかいて机に肘を突き、窓の外を睨み始めてかれこれ一時間になる太子に、馬子が心からの溜め息を付いた。

女官3人がかり、全力で着付けられた礼服。

こうしていれば太子も摂政らしい威厳や貫禄が感じられるが、今はその厳しい表情がかえっていつもの気の抜けた顔より鬱陶しかった。


「…太子。せめてこの書類にだけでも目を通せ。相手方の家のことなどが記されているから」

「読む意味ないって。私、結婚なんかしないから」

「太子……」

「大体、いくら摂政だからって私なんかと一緒になりたい女なんか現れないだろ。馬子さんも言ってたじゃないですか、私は嫌われ者だって」


振り向いた太子から、馬子はとっさに目を逸らした。


「…そうするしかないからだろう。しかし君がその気になれば嫁などいくらでも…。違うかね?」


太子は馬子に目を逸らされたことは さして気にしていないように、その言葉だけに反応して顔をしかめた。


「あんなの嫁って言いませんよ。どれも……化け物じゃないですか」

「…君が作ったんだ」

「違う!!」


太子はついに立ち上がっていた。

苦しみに喘ぐような叫び声を上げたが、すぐに俯いて崩れ落ちるように また座る。

吐息が震えていた。


「私の意思じゃない……っ」


泣き出しそうな太子に追い討ちをかけるように馬子が口を開く。


「気付いていないわけではないな、太子。…妹子殿の様子もおかしいことに」

「……!」


見上げる太子の目が何かを乞うているようで、馬子は思わず笑った。

スッと目を閉じて、それらを一蹴する。


「まさかとは思っていたが、太子…何処までも厄介な男だな」

「妹子は違います、あいつは…!」

「……見合いの時間だ、太子」

「!」





『太子、』


名前を呼んで、笑いかけてくれる妹子が好きだ。

私の名前を、その綺麗な声でとても大切に呼んでくれる。

こっちまで笑顔になってしまうような、花のような笑みを惜しげもなくくれる。

一日中、ふとした拍子に妹子のことを思い出して、知らないうちに笑っている自分がいる。

――今ここに妹子がいたら怒ってるかな。

――これ、妹子にも見せてあげたいな。

――妹子にあの話を聞かせたいな。



どれだけ考えても、自分の心が妹子から離れていくなんて有り得なかった。

想えば想うほど好きになっていく。

妹子以外なんて有り得ない。

………見合いなんて、無意味だ。





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