恋愛狂騒

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十人の話を一度に聞き、全ての内容を記憶し、理解し、適切な返答をしただとか。

馬小屋の前で生まれたとか、聡明だとか。


そんな数々の逸話の中でも、ほんの限られた人しか知らない血生臭い話。


嗚呼……私は、呪われているんだね。





14・決壊





気付けば仕事の時間になっていて、妹子は急ぎ足で仕事部屋へ向かった。

一日、おかしな気分で過ごしていた。

夢を見ているようだ。

それがいい夢なのか悪い夢なのかはよく分からなかったが、何だか不自然な静けさがあったように思う。


いつも通りの時間に仕事が終わり、人に紛れて朝廷を歩く。


「!」


――太子に会いに行くんだったっけ。


急に目が覚めたような気がした。

思考が幾分はっきりした。

夜這い紛いのことを考えていたが、それはやめておく。

夜まで待てないから。


妹子は小さく微笑んで踵を返すと、迷わず上官廷まで向かった。





そして、幸か不幸か。





「わっ…!?」

「おっと、悪いな」


廊下の曲がり角で知らない上官にぶつかり、妹子はハッとしたように「すみません」と言った。

ここのところ、どうも頭がボーっとしている。


「いや、こっちも考え事をしていたから…君、知ってるか?」

「何ですか?」


どうやら話好きな男みたいだ。

顔も知らないはずの妹子に、男は親しげだ。

神妙な顔をしてこう告げた。


「皇子が見合いをするらしいんだよ」

「…………見合い?」


皇子?

見合い?


あまりにも予想外で、一瞬、話についていけない妹子がいた。


つまり、聖徳太子が、見合いをするって……。


「どういうことですか!?」


相手が他人であることも忘れた妹子はかじり付くように聞き返していた。


「どういうも何も、そのままの意味だよ。皇子も跡継ぎを残さなきゃならないしな。これから見合いなんて、むしろ遅い方だと思うがな」

「………」


頭が真っ白になる。

じわりと視界が歪むと、目の前の男が驚いたように妹子を見た。

自分は泣いているのだと思った。

力無く頭を振る。


「嘘……嘘ですよね…?」

「おい……どうしたんだ?」

「嘘なんですよね?」


男は頭を振り、否定する。


「喜ばしい話じゃないか。本当の話だぞ?」

「嘘だ!」


妹子は間髪入れずに叫んだ。

心臓がバクバクと五月蝿い音を立てている。

信じたくない。

そんな話。

太子が他の誰かのものになる……?


「嫌です!そんなはずない…!」


妹子は握りしめた両の拳を感情のままに男に叩き付ける。

混乱のせいで力が入っていないのか、男は困ったように妹子を見下ろすだけで、何の痛みも感じないようだった。


「おい、君……」

「僕は嫌だ、喜ばしくなんか、ない…!!」


感極まって踵を返し、一目散に走り出す。

その背中を、男は怪訝な顔をしながら眺めていた。


「なんだ?あいつは……話は終わってないのに、拍子抜けじゃないか」


男は自分の目的を思い出すと、また考え事を始めながら歩き出した。





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